第628話 誤審……ってわけじゃないよな?

「……勝者! ヴィーン・ランジグカンザ!!」

「な……ん、だとォ!?」

「……」

『まさか、まさかの! ここで審判が、ヴィーン選手を勝者として宣言したァ!!』


 この瞬間、場内がザワザワし始めた……


「えっ! なんでだ……?」

「マトゥって奴……まだまだ闘えるよな?」

「ああ、降参だってしてないし……」

「誤審……ってわけじゃないよな?」

「いやいや、さすがにそれはないでしょ……ないよな?」

「きちんと見る目のある方が審判をされているはずですから……おそらく大丈夫かと……」

「というか、あの審判してる人……確か、10年近く前だったかな……現役で活躍していた姿を見た記憶があるぞ? だからっていうか、たぶん見間違いとかはないはず……」


 ナウルンめ、「まさか」とかいってるけど……気付いていないわけでもあるまいに……

 でもまあ、マトゥの背中側の観客には分かりづらいかな……?

 そうして主に一般の観客席からざわめきが起こっている中、スタンが口を開いた。


『……マトゥさんの胸ポケットに挿されていたポーション瓶が、ヴィーンさんのウォーターバレットで割られていたようですね』

『確かに! マトゥ選手のポーション瓶が無残な姿に変えられてしまっています!!』


 ここで一瞬の静寂があり、その直後にまた場内が活気を取り戻す。


「な、なるほど……そういうことだったのか……」

「そりゃ、スグには気付かんよ……」

「フン、俺は気付いていたがな?」

「ウソつけ! お前、『誤審』とかなんとかほざいてたじゃねぇか!!」

「う……いや、俺は……ご、ご……護身! そう、マトゥって奴の護身がなってないなっていったんだよ!!」

「……ハァ?」

「そのはぐらかしは……苦しいねぇ?」

「まあまあ、そんなことより……あのヴィーンって奴、上手い具合にポーション瓶を割るとか、まさに技ありの一発って感じだよな?」

「だなぁ……あの様子だと、ちゃんと狙ってのことだろうし……」

「でもよぅ……なんちゅーか、物足りねぇ試合……って感じもしねぇか?」

「まあ、これの前の第1と第2が、まさしく全力を出し切ったって感じの試合だったからねぇ……そう思ってしまうのも仕方ないんじゃない?」

「う~ん……明らかにマトゥって奴、まだ勢いに乗り切れた感じじゃないもんな……」

「いや、だからこそ、ヴィーン様の試合巧者ぶりが目立つってことになるんだろうよ」

「ふぅ~む、そういう見方もあるか……」

「お前らなぁ……第1と第2試合によって既に感覚がマヒしてるんだろうけど……例年の武術大会でも、ポーション瓶を割ってあっけなく決着っていうのは割とよくあったことなんだからな?」

「ああ、俺はもう何年もこの武闘大会を観戦してきたが……この試合内容でも、じゅうぶん派手な部類に入るだろうさ!」

「お前さん……そのアピール、あと何回するつもりなんだ……?」


 そんなこんなで観客の会話を耳にしているあいだに、ヴィーンが席に戻ってきた。


「ヴィーン様! 1回戦突破、おめでとうございます!!」

「さすがヴィーン様! 鮮やかな勝利でしたねぇ!!」

「……先ほどの借りは返してきた」

「ヴィーン様……ありがとう、ございます……」

「フフッ……僕としては、自分でイムスや部下たちの借りを返してあげたい気もあったんだけどね……とりあえず、代わりにヴィーンが返してきてくれたって思うことにするよ! というわけで、おめでとう!!」

「……ああ」


 そうして、夕食後の模擬戦などで日頃からつるんでいるメンバーそれぞれが、ヴィーンに対して祝福の言葉を贈る。

 しっかし、ヴィーンめ……バチバチっとクールにキメてきたもんだよ!


「ハハッ! お前もクール道に身を置く者だもんな!!」


 そういいながらヴィーンの肩に腕を回し、そのまま手のひらで肩の辺りを軽く叩いたった。


「……クール……道?」

「おうとも! 俺やお前みたいに、クールな生き方を模索するナイスガイが歩む道のことさ!!」

「ヴィーンはともかくとして……お前は……」

「ロイター様……それはその……思うことは人それぞれ自由ですから……」

「とりあえず、アレスさん……いつもいっていることですが、ヴィーン様に馴れ馴れし過ぎませんかね?」

「ああ! まったくだ!!」

「僕たちだって、恐れ多くてなかなかそういうことはできないのですからねぇ……」

「あぁ? なら、お前らも来い! 円陣を組むぞ!!」

「えぇ……」

「いやいや……」

「だから、恐れ多いといいましたよねぇ……?」

「いいから! いいから!!」


 そして、ヴィーン御一行プラス俺で円陣を組む。


「おい! ロイターたちもついでだから来い!!」

「……仕方ないな」

「といいつつ、ロイター様もまんざらではないという……」

「サンズ……余計なことはいわなくていい……」

「アハハ、まあ、こういうのもいいよね!」


 そうしてノリで円陣を組み……


「トーリグは残念な結果に終わってしまったが……トーリグのぶんも含めて、これからどんどん勝ち上がっていくぞ!!」

「「「おうッ!!」」」


 こうして俺たちは、改めて気合を入れ直すのだった。


「……とまあ、威勢よくいったものの……僕の1回戦の相手はロイターさんなんですけどねぇ」

「うむ、いい試合をしようじゃないか」

「とりあえず、お手柔らかにお願いしますねぇ?」

「ああ、気合全開でな!」

「ははっ、これは手強いですねぇ」


 そういえば、ハソッドとロイターは1回戦で当たるんだっけか……

 ま、お互い頑張ってくれたまえ!


「この男子たちときたら、まったく……気楽なものねぇ……」

「もしかしたらファティマちゃんが、えっと……クール道? っていうのを一番歩んでるのかもしれないね?」

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