第625話 戸惑いを感じて

『どこにそんな余力があったのかと思ってしまうほど、どんどん勢いを増していくトーリグ選手! それにより、ラクルス選手に傾きかけていた闘いの主導権を再びガッチリと取り戻しました!!』

『勢い任せでムチャクチャに剣を振っているように見えるかもしれませんが、トーリグさんの剣技は依然としてしっかりしています』

『なるほど……そして、そして! 徐々にラクルス選手の防御が遅れがちになってきた! このままではいつ被弾してもおかしくないぞッ!!』


 ますますギヤを上げていくトーリグ……だが、そろそろ回復が追い付かないレベルに達しようとしている。

 そうなってしまうと、時間の経過とともに勢いが衰えてきてしまい、あとは主人公君のターンになってしまう。

 それまでに勝負を決める一撃を入れられるか……

 ところで、俺は対戦相手の全てを引き出すことを目的として防御に徹することが多いが……主人公君にそういう意図はないように思う。

 そこで、トーリグが押せ押せで攻めてきているとはいえ、こうも主人公君が防戦一方となってしまっているのはどうなんだ?

 何か狙いがあって、わざとそうしているのなら構わないが……そうでないなら、この消極的な闘い方に若干のガッカリ感が出てきてしまうな。

 そんなことを頭の片隅で考えていると……


「どうしたラクルス! 今日のお前は元気がないぞ!?」

「そうだそうだ! そんなお上品ぶった剣術なんて、お前には似合わないぞ!!」

「お前! モンスターを相手にしたときなんかは、もっとガンガン行くじゃねぇか! そんときの圧倒的なパワーを見せてみやがれッ!!」

「もしかしてラクルス! お前、本気を出すことにビビってんのか!?」

「予選では通用したかもしんねぇけど! どうやらトーリグは、お前の技量だけで倒せる相手じゃねぇみたいだぞ!!」

「ラクルス殿! 中途半端な闘い方をしていては、後悔を生みますぞ……何より、トーリグ殿に失礼でござる!!」

「王女殿下の前で、なんてブサイクな試合してんだ! こんにゃろうめ!!」

「ラクルス君! 負けないで!!」

「ラクルス!!」


 王女殿下の取り巻きたちから主人公君に、熱烈な声援が飛んでいる。

 なるほどね、主人公君は己に眠る勇者の力に戸惑いを感じて、蓋をしているって状態のようだ。

 まあ、まだ完璧に覚醒したわけでもないのだろうし、それも仕方ない部分があるかな?


「ラクルス様! アンタはもっと強いはずだ!」

「そうとも! なんてったって、俺たちの街をモンスターの大群から守ってくれたんだからな!」

「あんときの惚れ惚れするような強さを! また見せてくれよォッ!!」

「ラクルス! ラクルス!!」


 また、モンスターの氾濫から救われた東部の人たちも、主人公君に全力で応援を送っている。


「……ハン! まだまだ本気じゃなかっただって? ……俺を甘く見てんじゃねぇぞ、コラァ!!」

「別に、そんなつもりではなかったけど……でも、そうか……みんなのいうとおり、俺は心のどこかで……この力から逃げようとしていたのかもしれない……よし! 今度は自分の意思で……この力を使ってみるか!!」


 ほう、ここからが主人公君の本領発揮といったところか……

 いいねぇ、見せてもらおうじゃないの!


「ハァァァァッ!!」

「何だかしらねぇが! 全部まとめてブッ潰してやらァ!!」


 ふむふむ、輝きとともに主人公君の全身からパワーが漲っているね……

 まあ、勇者として考えるなら、輝き方がまだまだささやかな気がしないでもないが……とりあえずはこんなものかな?


『なんと、ラクルス選手! ここにきて真の力を解放だァァァァァッ!!』

『単なる輝きだけではなく、全身から力が溢れているようですね……正直、これは驚きました……』

『そして、そしてぇ! トーリグ選手の剣を軽くいなしていき……今までのお返しとでもいうように、今度はラクルス選手が攻める、攻める! 攻めまくるゥゥゥゥッ!!』

『ここまでの猛攻でトーリグさんはかなりのエネルギーを消耗してしまいました……ここが踏ん張りどころといいたいところですが……うぅむ、ラクルスさんの圧が強過ぎますね……』

「「「トーリグ! トーリグ!!」」」

「「「ラクルス! ラクルス!!」」」

『両者を応援する声にも! どんどん熱が入っていきます!! ……ただ! やはり消耗が大きいようで、トーリグ選手は攻撃を捌き切れず、被弾箇所が増えていくッ!!』

『胸に挿したポーションももちろんですが、決定打となる一撃だけはなんとか避けているといった状態ですね……しかしながら、もうトーリグさんは気力だけで闘っているも同然……』

「……ク……ッ!!」

『あッ!? こ、ここで……トーリグ選手、剣を握る力が弱まってしまっていたのか、ラクルス選手に剣を弾き飛ばされてしまったァッ!!』

「……終わりだ」

『その瞬間を見逃さず、ラクルス選手がトーリグ選手の首元に剣を突き付けるッ!!』

「………………チッ……やられちまったか………………仕方ねぇ、降参だ……」

「……ふむ……勝者! ラクルス・ヴェルサレッド!!」

『審判から勝者宣言が出たことで、ラクルス選手の勝利が確定致しました!』

「………………ふぃぃぃっ……緊張の糸が切れたのか、ドッと疲れが押し寄せてきたぜ……」

「……大丈夫か?」

「まあ……な……それより、お前……まだ体力が残ってんのかよ……」

「ああ……序盤で節約できたからな……」

「ハン! いってくれるぜ……」


 体力の限界によって倒れ込みそうになっていたトーリグだったが……主人公君に肩を借りながら、2人そろって席に戻ってくるのだった。

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