第618話 これはなかなかの挑発ですね

「しっかし、テクンドもかわいそうな奴だよな……」

「うん、初っ端からあの人が相手だもんね……」

「とりあえず、ほかの奴が相手だったら2回戦進出も可能だったろうにな……いや、ほかにもロイターとか優勝候補として名前が挙がっている奴もいるから、そいつらと当たってもキツいとは思うけどさ……」

「ま、そんな1回戦敗退がほぼ確定しちゃったかわいそうなテクンド君を応援してやるとしますかね?」

「えぇ? そんな義理ねぇだろ……」

「そうそう、別にそこまで仲がいいわけでもないし……」

「というか、ぶっちゃけ俺……アイツの『俺はほかの奴と違うんだぞ』って態度が気に食わないんだよね……」

「あ、ちょっとそれ分かる……基本、上から目線だもんね?」

「まあ、伯爵家ながらに侯爵家……いや、もしかすると公爵家並に保有魔力量があり、ああして本選進出も果たしているのだから、事実として『ほかの奴と違う』のは確かだろうよ」

「それをいわれちまうと、なんもいえねぇ……」


 そんな観客席の会話を、アレス君の地獄耳は拾っていた。

 ふむ……確かにテクンドの保有魔力量はそれなりに多い。

 あとは、それをどこまで活かし切れるかといったところか……


「……2人とも、準備はいいかい?」


 そう審判の先生が俺とテクンドに問いかけてきたので、それぞれ準備ができていると返答。


「分かった……それじゃあ、両者構えて!」


 そういって審判の先生が右手を天に掲げ、振り下ろすと同時に……


「始め!!」

『さぁ~て! ここでようやく、本日最初の試合が開始となったぁ!! そして、テクンド選手! 挨拶代わりといわんばかりに、ファイヤーアローの連射だぁ!!』

「ほう、ならばこちらも……」

『対するアレス選手、迎撃のアイスランスを放つ! これにより、舞台中央辺りで魔法が激しくぶつかり合ってハジける! なんとも華々しい試合の幕開けです!!』

『アレスさんのほうがあとから魔法を放ったというのに、ほぼ中央で激突……それだけアレスさんの魔法生成スピードが速いということなのでしょう』

『いわれてみれば確かに……しかもファイヤーアローは、魔法の中でも着弾までが速いほうですよね?』

『ええ、そのとおりです。加えてアイスランスは、氷という炎よりも物質的確かさのある物を生成する必要があるだけに、余計に時間がかかるはずなのです』

『なるほど……では、魔法のスピード勝負では、アレス選手のほうが優勢ということでしょうか?』

『まあ、どれぐらいの速度の魔法を本人がイメージしているかにもよりますからね、この点だけを見て断定するわけにはいきませんが……少なくとも、あえて不利な魔法で同等の効果を出すアレスさんの魔法練度が尋常ではないことだけは確かです』

「……舐めるなよ!!」

『おぉっと!? テクンド選手、ここでストームを生成!!』

『炎に風を合わせて、ファイヤーストームにするつもりのようですね』

『スタンさんがおっしゃるとおり、炎の渦がどんどん広がっていく! そして、そして! その炎がアレス選手を飲み込んでいったぁ!!』

「おいおい……あのテクンドって兄ちゃん、なんてレベルの魔法を出すんだよ……」

「炎の勢いが強過ぎる……」

「えっと、これ……1年生の試合だよな?」

「ああ、俺はもう何年もこの武闘大会を観戦してきたが……とりあえず1年なのに、あれだけの魔法を序盤から惜しげもなく使う奴なんか見たことねぇ……」

「それより……アレスとかって奴、大丈夫なのか? 止めなくていいのか?」

「い、一応、審判が止めに入ってないんだから……問題ないってことなんじゃないか? 分からんけど……」

「ま、まあ最悪の場合でも……最上級ポーションでどうにかなるんだろうよ……」

『テクンド選手のファイヤーストームによって場内にどよめきが起こっておりますが、果たしてアレス選手! 無事なのかぁ!?』

『ここでテクンドさんは、さらに魔力を注ぎ込んで炎の出力を上げているようですね』

「うへぇ……マジかよ……」

「ヤバ過ぎ……」


 ナウルンめ……気持ちよく煽ってくれているけど、俺が無事なことぐらい分かり切っているだろうに……

 でもまあ、学園関係者以外の一般の観客を意識した実況なんだろうね。

 そしてたぶん、スタンの解説もそんな感じなんだろうと思う。

 だって、これぐらいで動揺してしまっている一般の観客がいるんだもんね……それぐらい、平民にとって魔法は遠いものなんだってことなのだろう。

 とはいえ、俺なりに魔力操作とかを平民たちにも広めているつもりなんだけど……この様子だと、それもまだまだなんだなってことが思い知らされてしまうよ。


「アレス・ソエラルタウト! 遊びはそれぐらいにしろ! もっと本気を出せ!!」

『なんと! ここでテクンド選手からアレス選手へ、本気を出せとの催促が飛び出したぁ!!』

『まあ、アレスさんは基本的に様子見から入りますからね……』


 遊びはそれぐらいにしろ……か。


『……おっと! テクンド選手の言葉を受けてか、アレス選手が木刀を横薙ぎに一閃! それによって周囲の炎がかき消されたぁっ!!』

『風属性の魔力が木刀を纏っていました……それがアレスさんなりの返答なのかもしれませんね』

『ファイヤーストームに対し、あえての風属性……なるほど、これはなかなかの挑発ですね』

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