第595話 もっと嫌かも……

「……チッ……グジョォ! なんで……なんで当たんねぇ!?」

「なんでって……そりゃあ、ボクだって痛いのは嫌だからね?」

「クッソ! 舐めやがって、オラぁ!!」

「おっとっと……今のは、当たったらホント痛そうだった……あぶないあぶない……」

「……こんな奴に! こんな奴にぃ!!」


 片方はひたすらヒートアップしていく。

 そしてもう片方は、どこまでも飄々とした態度。


「あの男……見るたびに思うが、恐ろしいほどに勘がいいな……」

「そうですね……実際に対戦した場合を考えると、彼の動きを捉え切るにはなかなか苦労させられそうです」

「フフッ、ああいう天才肌と勝負してみるのも……面白そうだよね?」

「ああ、学ぶところが多そうだ……だが、向こうから攻撃は仕掛けてくれなさそうだから、その辺は工夫が必要だろうな……まあ、単純にどんな躱し方をするかにだけ注視するのもアリといえるかもしれんが……」

「この4人から熱心な視線を向けられるとは……彼もなかなかの人気者ねぇ?」

「トイ君に注目してるのは、アレス君たちだけじゃないみたいだけどね……」


 パルフェナがいうように、トイの対戦に注目している奴は多い……というか、おそらく1年男子のほとんどはそうじゃないだろうか?

 まあ、トイに限らず全勝キープ者の闘いぶりというものは、どうしたって気になってしまうだろうからね。


「いいよ、いいよ! ちゃんと観えてるよ!!」

「そうだ! しっかり足を使ってけ! お前のスタミナなら、この一戦ぐらい余裕で足りるぞ!!」

「ああ、しかも相手は序盤で飛ばし過ぎたせいもあって、そろそろ息が上がってきているようだからな!」


 仲間たちの声援どおり、対戦相手の男子はスタミナ切れを起こしかけている。


「……ハァ……ハァ……この、クソ野郎が…………当たれ……当たれよぉ……」

「いやいや、なんといわれようと、ボクは断固として躱すよ! 痛いのは嫌だからね!!」

「ハァ……フゥ……クソッ……どこまでも、舐め腐った……奴め……」

「そうはいうけど、ボクだってこんなふうに運動させられて、それなりに疲れるんだからね?」

「……お前の……どこが……ハァ……疲れてん…………だよ…………クソが………………」


 そんな問答がありつつ、対戦相手の男子はどんどん消耗していき……最後には体力を使い果たして倒れてしまった。


「……ふむ、戦闘続行は不可能か………………勝者! トイ・ライクラッツ!!」

「はぁ~やっと終わった~! あとは夕方までのんびりしよ~っと!!」


 あの様子だと「なんなら、もう一戦でも二戦でも余裕でやれちゃいますよ?」って感じである。

 トイの無尽蔵ともいえる体力……あれはおそらく無意識的に空気中の魔素を取り込み、魔力に……そして体力へと変換しているのだろうな。

 ……つまり、奴は天然の魔力操作師とでもいえる存在かもしれない。


「……あの闘いぶり、この模擬戦期間中のお前に少し似ている……といえるかもしれないな?」

「確かに、お2人とも積極的に攻めようとはされませんからね」

「……といっても、アレスの場合はしっかり受けてくれるから、それなりに手応えみたいなものを感じられるだろうけど……彼の場合はひたすら躱し続けるだけだからねぇ……対戦相手としても、だんだん心折れてきちゃうんじゃない?」

「それにアレスはご丁寧に、その攻撃への評価までくれるものね?」

「あはは……それでみんなから『指導』っていわれちゃってるんだよね……」

「……いい一撃には、こちらとしても賛辞を送りたくなるものだからな」


 でもまあ、ロイターのいうとおり、客観的には似た戦闘スタイルとなっているだろう。

 また、セテルタの指摘もまさしくといった感じだろう。

 そう思う奴は多いようで……


「俺、魔力操作狂いだけとは当たりたくないと思ってたけど……トイの野郎はもっと嫌かも……」

「確かに……こっちがどんな攻撃を加えても、ヘラヘラした顔して躱されそうだもんな……」

「その点、あの御仁は武に対してだけは真摯に受け止めてくださるからな……」

「うん、なんだかんだいって、あの人と対戦を終えた人ってみんな少なからず感謝してるみたいだもんね……」

「それはそれで……ちょっとキモいけどな……」

「しかしながら、思わず感謝してしまいたくなるぐらい学びのある対戦だった……それも紛れのない事実なのでしょう」

「それにしても、トイの野郎……なんであんな強ぇんだ?」

「正直、あの闘い方に『強い』って表現は使いたくないような気もするけどな……」

「トイ君の場合……特にあの方の影響を受けたという様子もありませんよね?」

「だと思うけどな……つるんでるところを見たことねぇし……」

「そうやってあの人のことを日々観察してる君も、まあまあキモいけどね……?」

「……うっせ」

「まあ、毎年一定数はそういった天才肌の生徒がいると聞くからな……トイのような存在も、例年どおりといえば例年どおりといえるだろうよ」

「この学年……どんだけ天才だらけだよ……」

「いや、今年の場合は……天才っていうより、魔力操作狂いによって育てられたって感じだけどな……」

「うん、そうかも……それに実をいうと僕も最近、魔力操作を真面目にやるようになったし……まあ、あの人ほどじゃないけど……」

「ああ、そのように意識が変わった者もそれなりにいるだろうな」

「マジか……俺もそろそろやんなきゃかな~?」

「え、お前……まだやってなかったのか?」

「おやおや、遅れてますね?」

「……は、はぁ? 今のは冗談だし! 俺も魔力操作とかやりまくりだし!!」

「その割に……お前の体から発せられる魔力は揺れているようだけどな?」

「あっ……」


 うん、魔力ってやつは気を付けてないと、心の内まで語っちゃうもんね……

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