第589話 一瞬

 一部を除き、なんとなく全体的に祝福ムードが漂っているが、模擬戦は中断することなく次々と続けられている。

 そんな中で……


「……勝者! シュウ・ウークーレン!!」


 シュウという名の、武術オタクのメガネがアッサリと勝利を決めた……そう、アッサリとね。


「き、今日も瞬殺……だと……」

「早い……早過ぎるよ……」

「恥を承知でいうけど俺……奴の動きが見えなかった……」

「安心しろ……俺も目で捉え切れなかったし、ここにいるほとんどの奴もそうだったろうよ……」

「ていうか、そもそもシュウ君って……今日までの対戦時間の全てを合計したとしても、1分ないんじゃない?」

「ああ、間違いなく……」

「それどころか、30秒……いや、下手したら10秒もないんじゃないか?」

「うん、そうかも……」


 シュウの瞬殺劇に周囲がざわめいている……

 とはいえ、模擬戦期間が始まって毎日のことなんだから、そろそろ慣れろといいたい気がしないでもないけどね。


「しっかし、なんなんだよアイツ……勝負を決めんの早過ぎだし、強過ぎんだろ……」

「それに今日の対戦相手だって、武系貴族としてちったぁ名の通った奴で、決して弱くねぇはずなのに……」

「そうだな……これが武に重きを置いていない文系貴族なら、理解も可能なのだが……」

「なんつーか……俺たちと強さの次元が違うって感じがしちまうよな?」

「うん、あそこまで行かれちゃうと……もう、嫉妬すら湧いてこないよ……」


 強さの次元が違う……か。

 確かにね、こうやって見てるだけでも、学生のレベルではないってことは明らかだろう。


「……お前ら、知ってるか?」

「知ってるかって……何を?」

「俺、シュウさんと既に対戦済みなんだけどな……シュウさんに一撃もらうと……あ、いや、あの瞬間は一撃をもらったってことすら理解できなかったけど……先生の『開始!』って言葉を耳にしたなって思った直後に、ふわふわぁって気持ちよくなって……気付いたらベッドの上って感じで……」

「えぇ……気持ちよくなっちゃったの……?」

「ああ、ぶっちゃけ……今まで経験した中で、最高の気持ちよさだったぜ?」

「うわぁ、キモ……っていいたいところだけど、シュウ君と対戦して地面に転がされたみんな幸せそうな顔してたもんね……」

「だな……実際、今運ばれてるアイツも、なんか満ち足りた顔してるし……」

「……その話、俺も分かる! なぜなら俺も一昨日、シュウの野郎に楽園に連れてってもらったばかりだからな!!」

「おお! お前もアレを経験したのか!!」

「おうよ! アレはスゲェよな!!」

「なんだろう……そこまでいわれると、僕もちょっと体験してみたいなって思ってきちゃった……」

「やめとけ……コイツらみたく戻ってこれなくなっても知らんぞ?」

「いやいや、そんなヤベェ奴みたくいうなよ……」

「そうだよ、お前も経験してみたら分かるって!」

「嫌だ……経験したくない……」


 ふぅん? 気持ちぃくしてくれるのか……

 でもまあ、前世でもときどき、格闘技の試合とかでダウンするとき「気持ちいい」ってなることがあるとか聞いたような気もするからな……もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

 まあ、武術オタクのメガネのことだから、そういう気持ちいい部分をピンポイントで拳によって撃ち抜いてる可能性もあるよな……


「それにしても……対戦時間がシュウは最短、魔力操作狂いは最長……どうしてこうも、うちの学年は極端な奴がそろっているかねぇ?」

「うん、先輩たちの話だと、たまたま流れで対戦時間が短くなったり長くなったりすることはあるけど、毎日そんな極端な闘い方を続ける人っていうのはいないみたいだからね……」

「つーか、魔力操作狂いもやろうと思えば、シュウみたいに一瞬で勝負を決められるんじゃねぇの?」

「それについては、ロイター君やセテルタ君とかもできそうだよね?」

「ああ、アイツらは……いっちゃ悪いけど、俺たちをいたぶって遊んでるんだろうよ……」

「いやいや、あの人たちはそんなんじゃなくて、いろいろ試してるんだよ……」

「う~ん……実験台にされるっていうのも、まあまあひでぇ話だけどな……」

「まあ、シュウに一瞬で倒されるのも切ないけど、アイツらから時間をかけてじっくり倒されるのも嫌だなぁ……やっぱ、うちの学年は当たりたくない奴が多過ぎる……」


 うん、手加減しなかったら君らぐらい、一瞬で消せるよ?

 なんて、ドヤ顔でイキリ虫を大量発生させてみたけど、俺もタイムアタックに挑戦すること自体は可能だと思う。

 ただし、俺はまだまだ技術不足で荒っぽいところがあるから、おそらくシュウみたく気持ちぃくはしてやれないだろうね……


「そういや……シュウって武闘大会の本戦に出るのかね? 実力的には余裕で上位16位に入れるだろうけどさ」

「そういえばシュウ君って、今まで大会関係には全部不参加だったもんね?」

「まあ、この予選を兼ねた模擬戦は学園のカリキュラムだから、サボるのも悪いと思ってやってるだけだろうし……参加を希望しなければ出なくていい本戦となると、どうだろうな……」

「それな、俺も気になって直接シュウに『参加希望を出したのか?』って聞いてみたんだよ……そしたらアイツ、いつもみたいに何考えてんのかよく分かんねぇ微笑みを返してきただけだったんだよ……」

「いや、それもう出るっていってるようなもんだよね?」

「う、う~ん、シュウさんのことだからなぁ……微妙じゃね?」

「うわぁ……ぶっちゃけ、17位でも繰り上がりでセーフになると思ってたのに……」

「正直、俺もそう思ってた……残念だよ……」

「こりゃあ、なんとしても16位に入んなきゃだなぁ……ムリくせぇけど……」

「そんなこといったら、17位だってキツイよ?」

「……まあな」


 へぇ……シュウの奴、俺も参加しないのかと思いかけてたけど……可能性はあるのか。

 奴と手合わせするのは、なんとなくもっと先かと思ってたけど、案外早く実現するのかもな……

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