第588話 祝福ムード

「……ハァ……ハァ……僕なりに頑張った……つもりだけど……ハァ……やっぱり、壁が高過ぎだった……」


 対戦終わって、相手の男子が気を失うなんてことはなかったが……

 下を向いて、落ち込んでいる様子だった。

 そのため、ちょいと声をかけてやることにした。


「さっきもいったが、お前はじゅうぶんよくやった……胸を張るがいい」

「……でも……『よくやった』程度なんかじゃ……」

「大丈夫だ……顔を上げて、約束した相手を見てみろ」

「……えっ?」


 そして、待機場にいる相手の女子のほうに顔を向けた男子。


「……微笑んで、くれている……ような?」

「ああ、間違いなく笑顔だ……つまり、お前を認めてくれたということだ、やったな!」

「えっ! ほ……本当に!?」

「ああ、本当だとも……そうと分かれば、彼女の下へ向かうがいい、さあ!」

「は、はいッ!!」


 そうして彼女の下へ、まさに飛んで行くのだった。


「ふふっ、なんだかんだアレス君は面倒見がいいのねぇ~?」

「いえいえ、それほどでも……」

「いい子を受け持つことができて、エリナ先生がうらやましくなっちゃうなぁ~」

「そんな、恐れ多いことです……おっと、次の対戦の邪魔になってしまいますね……それでは、失礼します」

「うん、お疲れ様~」


 そんなこんなで、俺も待機場へ戻ることに。

 そして、今回審判を務めてくれた先生であるが、ほかのクラスを受け持っているのもあって、接点はそこまで多くない。

 しかしながら、やはりお姉さん……とてもステキだ。

 いやまあ、俺の中でエリナ先生が一番なことには変わりないが……

 そう、俺は別に浮気性とか、そういうわけじゃないんだ……

 でも、恋愛感情とか、そういったレベルを超越したところに、お姉さんという存在の素晴らしさ、ありがたさがあるのも事実なんだ……

 だから……俺が全てのお姉さんに対してチョロい感じになってしまうのは……自然なことなんだ……


「……アレス、顔が緩みっぱなしよ?」

「うん、確かに……」


 待機場に戻って来て早々、ファティマとパルフェナにそう指摘されてしまった……


「な……なんのことかな?」

「お前という奴は……まあ、皆は違う理由で顔が緩んでいると思っているだろうが……」

「ええ、軽く祝福ムードが漂っていますからね……」

「あははっ! でも、アレスのそんなところが、僕と気の合うところの一つかもしれないね?」


 まあ、ロイターやサンズのいうとおり、先ほどの男子の頑張りを相手の女子が認めたみたいだからね……

 そしてセテルタは、たとえ1歳の差でしかないとしても、俺と同じ年上女性を愛する同志だからね、やはりその点について通じ合うものがあるのだ。


「しっかし、アイツ……魔力操作狂い相手に恥かいて終わりかと思ってたけど……上手いことやりやがったよな?」

「うん、何もできずイイトコナシで終了だろうなって……たぶん、みんな思ってたんじゃない?」

「まあ、序盤の魔力操作狂いの攻撃を防ぎ切れただけ、意外に大健闘といったところだったろうな」

「そうそう! それなのに、あの最後の猛攻だろ? あれには俺、ちょっとシビれちまったよ!!」

「そうだね、残念ながらあの人の防御が堅固過ぎてダメージを負わせること自体はできなかったけど……それでも、ほかの人相手だったら、きっと勝負を決めてただろうなって思うよ!」

「ま、まあ……仮に魔力操作狂いの剣による防御を突破できたとしても、その下に魔力の膜でさらに防御を固めているようだからな……しかも、適宜障壁魔法も使用してくるとなると……そんな奴にダメージを負わせることなど不可能ではないかという気もしてしまうがな……」

「ああ、まったくだ……でも、そんな魔力操作狂いのことはともかくとして、ほかの奴になら勝てたっていうのは大きく頷けるところだ!」

「でも、これでまた1人、当たりたくない相手が誕生したって感じかもしれないね……この対戦までの彼なら、防御はズバ抜けてたとしても、たぶん持久戦に持ち込めたら勝てたでしょ?」

「ああ、こちらの忍耐力も試されるから、いうほど簡単なことでもないだろうが……可能性は高かっただろうな」

「それにしても……魔力操作狂いと対戦した奴って、みんなどこかしらレベルアップしてるみたいだから……これからそんな奴と対戦するかもって思うと、やんなっちゃうよな……」

「まあ、ビム君みたいに勘をつかむまで多少時間がかかるってことでもないと、勝たせてもらえないだろうね……それも、極々一時期だけのことだったし……」


 周囲から、そんな感想が聞こえてきたが……

 うん、さっきの彼も、最後の冷静さと情熱を両立した高いレベルの精神状態で闘うってことが、これから常にできるとは限らないだろう。

 だが、一度経験したのだ……その状態を意識してこれから鍛錬を積んでいけば、そのうちものにできるに違いない。

 しかしながら、みんながみんな祝福ムードというわけでもないようだ……


「……ケッ! 相変わらずのバカ共め……」

「そうだそうだ! 結局、何もできずのボロ負けじゃねぇか!! あの女も態度が偉そうなだけで、見る目ねぇんじゃねぇのか?」

「まあな……お調子者たちは、ああやって気分に流されて騒いでいればいいのだろうよ」

「チッ……ああやって浮かれた連中を見てると、マジでイライラしてくるぜ!」


 考え方は人それぞれだとは思うけど……

 でも、そこまでカリカリしなくても……なんて思わなくもない。

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