第587話 覚悟を試すいい機会

「アイツ……魔力操作狂いの剣を受け切ったぞ?」

「まあ、見たところ魔力操作狂いも全力ではなかったようだが……それでも、その全て受け切ったのは見事といえるだろうな……」

「そうそう……並の腕じゃあ、何発か致命的な一撃をもらっててもおかしくなかったはずだぜ?」

「う~ん……防御だけにしても、彼ってあそこまでできる人だっけ?」

「さあな……全くのノーマークだったから、正直分からん」

「さっき確か……『この対戦に勝ったら結婚するんだ!』とか叫んでたよな? もしかしたら、それで身体の奥底に眠ってたパワーでも目覚めたんじゃね?」

「いやいや、『勝ったら』とか、そこまではいってなかったけど……でもまあ、頑張ったらワンチャンあるみたいなことは叫んでたな……」

「でもよ……魔力操作狂い相手に頑張るって、相手の女もメチャクチャ大変なことを要求したもんだよな?」

「それは……まあ……うん……」

「とはいえ、そこまでして欲しい愛があるっていうのも……ステキなものだろう?」

「う、う~ん……そう……なのかな……?」

「僕はねぇ、そういう愛に生きる男っていうの……嫌いじゃないなぁ」

「おいっ! お前の恋愛観なんか、誰も興味ねぇって!!」

「ひどいなぁ~」

「……む? そろそろ、また動き出しそうだぞ?」


 対戦相手が息を整えているあいだ、観戦者たちの会話を耳にしていた。


「……ハァ……フゥ……よし!」

「サービスで息を整える暇をくれてやったのだ……思わず俺が唸らされてしまうような攻撃を期待しているぞ?」

「……僕の、持てる限りの力を尽くします!」

「うむ……その先にお前は彼女ゲットの栄光をつかみ取ることができるだろう……励めよ」

「……はい! ではッ!!」


 そうして、彼は突進してきた。

 だが、それは周りが見えていないというわけではなさそうだ。

 そのため、こちらがカウンターで合わせようとしても、おそらく対処してくるだろう。


「……タァッ!」


 そして、あと一歩で剣が届くという距離でさらに強く踏み込み、右手に握った剣の切っ先が俺に向かって来る。

 しかしながら……


「ふむ、悪くはないが……踏み込みに少々思い切りが足りなかったようだな?」

「……クッ! まだ終わってません!!」


 その言葉と共に、距離を詰めたまま続けざまに斬撃を繰り出してくる。


「……セイッ! ヤッ!!」

「そらそら、もっと打ち込んで来い! そんなんじゃ俺の防御は崩せんぞ?」

「……クッ! ハァッ!!」


 そうして、何度も何度も剣による斬撃を加えて来るが、そのどれもをしっかりと捌いていく。


「……なるほど、やはりお前は防御が得意なタイプのようだな? 防御のときは、その一つ一つの受けに自信を感じられたが……攻撃となると、若干の躊躇が見え隠れしている」

「……ッ!?」

「まあ、俺が最初に勢い任せではいかんというような話をしたのが影響しているのかもしれんが……かといって、萎縮し過ぎるのも考えものだ……よって、ときには大胆さも必要ということだな!」


 そこで、攻撃のあいだわずかにおとずれる隙をついて、一発入れてみた。


「グ、フゥッ!!」

「……途中の躊躇がなければ、そんな隙も生まれなかっただろう」

「……ッ……クッ……」

「そんなわけで無謀もいかんが、今のように考え過ぎて自信なさげに打ち込んでくるのもいかんということだな……さあ、まだ頑張る勇気があるのなら、打ち込んでくるがいい」

「……自信……か……」

「どうしたの!? あなたの強いところを私に見せてくれるのではなかったの!? そんなんじゃ、ただアレス様に1度ご指導頂いただけの男でしかないわよ!!」


 そのとき、彼のお相手の女子から激励の言葉が飛んできた。


「えぇ、マジかよ……アイツ、ここまでよく闘ったよな?」

「うん……あの人の剣をあそこまで受け切ったんだから、それだけでじゅうぶん称賛に値するよ……」

「それなのに『ご指導頂いただけ』って……」

「なんつーか……要求水準高過ぎね?」

「だよなぁ……」

「ふぅん? それで、あれがお相手の女ってわけか……」

「まあ、いうだけあって、ルックスはなかなかのようだね?」

「うんうん、気の強そうな美人系……ぶっちゃけアリ……」

「そうはいっても、あの子をオトすためだけに、そこまで過酷な闘いに身を投じられるかというと……考えちゃうな……」

「バカ、だからお前はモテねぇんんだよ!」

「まあ、これは模擬戦だから命の危険はそこまでないが……この先領土に攻め込まれるなどして、妻だけでなく領民まで守る必要がでてくることもあるかもしれん……そんなとき、そのような意識では覚悟が足りんといわざるを得なくなるぞ?」

「だなぁ……そう考えると、これはアイツにとって覚悟を試すいい機会なのかもしれないな?」


 お相手の女子の言葉は、ほかの観戦者たちに波紋を呼んだようだ……


「……僕はまだやれます! やらせてください!!」


 そんな中、奮い立つ男がいた。


「その言葉を待っていた……いいぞ、泣いても笑ってもこれがラストチャンス……その意気込みで来い!」

「……はいッ!!」


 ……その後の彼は違った。

 冷静な中にも情熱がほとばしった、最高の状態で攻撃を仕掛けてきたのだった。


「……いい! 凄くいい!!」

「ハァッ! セイヤァッ!!」

「うむ! うむ!! 今のッ! 今の斬撃は素晴らしかったッ!! そういうのをもっとよこせェ!!」

「ハイ! ヤァッ!!」


 ときどき「これは!」と思えるような一撃が飛んでくることがある。

 そうなのだ! これが欲しかったのだ!!


「……フフッ、お前は防御だけの男ではなかったようだ、訂正しよう。そして、その調子で防御だけでなく、攻撃も磨いていくがいい……そうすれば、攻守に優れた使い手になることだろう!」

「……ハァ……ァァッ!!」

「あとはそうだな……体力ももっと欲しいところだ」

「……フゥ……ハァ……ッゥゥゥ!!」

「ひとまず、今日のところはこれが限度といったところか……だが、なかなか楽しませてもらった! お前はじゅうぶん……少なくとも強さの片鱗は見せたぞ! 俺が断言してやる!!」

「……あっ」


 その瞬間、彼の剣は弾かれ、その手から離れて飛んでいった。

 そして俺は、木刀の切っ先を彼の喉元に当てた。


「………………降参です」


 彼の敗北宣言、のちに……


「……勝者! アレス・ソエラルタウト君!!」

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