第573話 男たちに勇気を与えた
「負けちゃったけど……ナイスファイトだったんじゃない?」
「ああ、この対戦によって、あいつも得るものがあっただろうよ」
「得るものがあっただって? バカなこといってんなよ! 結局、手の内を全部さらしただけじゃねぇか!!」
「確かに、私もそう思うが……かといって、この試合が彼にとって失うものばかりではなかったようにも感じる……」
「そうだなぁ……奴の表情から『俺はやり切ったんだぞ!』っていう晴れ晴れとした達成感みたいなものは見て取れる気がするな?」
「うん、悲壮感みたいなものはなさそうだ」
「ケッ! そんなもん、今だけだ! どうせ明日以降、グズグズと泣き出す羽目になるさ!!」
「……それはどうかな? いやまあ、今年の武闘大会は厳しい結果になるかもしれないけど……この敗北が将来を分ける分岐点になるかもしれないぞ?」
「……そういや俺、連敗続きのビムに聞いたんだよ、『初日の魔力操作狂い戦で全部出し切ったことを後悔してないか?』ってな……そしたらアイツ、とてもいい顔で『全く後悔してない……むしろ、貴重な体験だった!』って答えてよ……そのときは信じられないものを見た気がしたけど……今回また、あんなふうに満足そうな顔をしながら戻って来ている奴の姿を見ると、今さらながらに納得させられたような気がするよ」
「貴重な体験か……俺、魔力操作狂いとの対戦を棄権してもったいないことをしたかな……?」
「僕も……」
「そっかぁ……そうだな……よし! 俺!! もしこれから当たることになったら、棄権なんかせず! 勇気を出して魔力操作狂いに挑戦してみることにした!!」
「おぉっ! マジか!?」
「……よっしゃ! そんならオレもだッ!!」
「おいおい、抜け駆けはよくないぜ? フフッ……俺もやるよ!」
模擬戦の決着がつき、礼をして待機場に戻るあいだの観戦者たちの会話を耳にした。
そして今回の模擬戦を見て、俺と当たったら棄権するつもりだった奴らのうち、何人かは考えを改めたようだ。
これはとっても嬉しいことだね。
そりゃあ、模擬戦の相手としては、いつも夕食後に対戦しているロイターたちのほうが強いけどね……でも、強さだけじゃないんだ。
なんていうか、人それぞれ個性っていうのかな……よくよく観察してみると、たとえ同じ技だとしても入り方が微妙に違うとか、意外と学ぶことが多いんだよね。
だから、いろんな奴と対戦経験を積めたらいいなって思うのさ。
まあ、人が対戦しているところを見るだけでも学べるところはあると思うけど、やっぱり直に経験したいっていうのもあるし。
そんなわけだから、俺との対戦を棄権した奴だって、またいつでもやろうぜって感じだよ。
なんて思っていると……
「……ハァ? 何が貴重な経験だ、お前らバカか!? 何をやっても完封されるだけだろ!!」
「そうだそうだ! 魔力操作狂いのお遊びに付き合うこたねぇ!!」
「だな……お調子者たちよ、もう少し冷静になったらどうか?」
「な、なんだよ……イイ感じでノッてきたところだったのに……」
「そうさ! 俺たちのヤル気をバカにしようってのか?」
「まあまあ、いいじゃないか、彼と対戦することに意義を感じる人は挑戦して、感じない人は棄権する……それだけのことだろう?」
「ああ、それもそうだな!」
「う~ん……ボクはどうしよっかなぁ?」
「ま、今日のところはあの人の出番も終わったことだし、これからゆっくり考えればいいさ!」
「オレは……やる!」
「フフッ、何度もいわせんなよ……俺もやるって決めたんだからな!」
「……ケッ! お気楽気分に流されやがって、バカ共が……俺は絶対に棄権するからな!!」
「ああ、俺も棄権するつもりに変わりはない! お前たちも、せいぜい無謀な挑戦を楽しむがいいさ!!」
……ふむふむ、意見が割れているようだねぇ?
まあ、こういうのは強制したところで、本当の力を発揮してくれないだろうからね……
俺としては、本気でぶつかって来てくれる奴を歓迎したいところだ。
「……勝者! ビム・インファウ!!」
そのとき、勝ち名乗りを上げた男がいた。
そう、俺と対戦して以降、連敗続きだった男だ。
「……ッ!?」
「い、今の……聞いたか?」
「おう……ビムの奴……ついに勝ちやがった!!」
「信じられねぇ……アイツ、出す技全てを対策されてなかったか?」
「うむ……見た限り、事前に研究し尽くされていたように思う……だからこそビムは、この対戦中ずっと攻めあぐねていた……」
「そうなると、最後の一発が当たったのは……たまたまの偶然か?」
「どうだろう……? それにしてはキレイに決まったようにも見えたが……」
「偶然かどうかなんて関係ねぇ! ビムは勝ったんだ! あいつは壁を一つ超えたんだ!!」
「そうだな! そこんところは祝福してやんないとだな!!」
「……これで決心がついた! ボクもあの人に挑戦するッ!!」
「おっ! いったな? よっしゃ! お前も偉大な挑戦者の仲間入りだ!!」
「……君たち、盛り上がってるトコ悪いけど……まだ、彼と当たるかどうかは分かんないからね?」
「そんなことは、どうでもいいんだよ! 俺たちは棄権しないことを選ぶ! それでじゅうぶん偉大な挑戦者なのさ!!」
「そ……そうかい?」
「また、バカ共が……ただのまぐれ勝ちに浮かれやがって……」
「そうだそうだ、対戦相手が弱かっただけってこともあるのにな!」
……認めない者もいるようだが、ビムの勝利は多くの男たちに勇気を与えたのだった。
おめでとう、ビム。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます