第502話 差し出がましいこととは重々承知ながら

「今日の風は少し賑やかだね……それはそれとして、おはようキズナ君」


 昨日の怒涛の展開から一晩経ち、これが現在の学園内の様子ですよといわんばかりに風が吹いて窓を鳴らしている。


「さて、さっさと着替えて朝練に行くとしますかね」


 まあ、季節が秋に入って風も多少強めではあるが、まだウインドブレーカーを着るほどじゃないかな?

 というか、魔纏で寒さや風自体も遮断できるから、冬になっても着ないでおこうと思えばそうすることも可能ではある。

 もっといえば、魔纏に火属性の魔力を込めて展開すれば寒さなんてヘッチャラともいえるわけだし。

 火のイメージが強過ぎて周囲が燃え出すなんてことがないよう、ある程度加減するというか丁寧に熱をイメージする必要はあるかもしれないけどね。

 そんなことを考えながら着替えを終え、朝練に向かう。


「それじゃあキズナ君、行ってくるよ!」


 そうして、いつものコースに到着。


「よう、お前も風になりに来たんだな!」

「……おはよう、今日も元気ね?」

「ああ、風が俺に『そう在ってくれ』と囁いているからな!」

「……そう、それはよかったわね?」

「おうよ!」

「……まあいいわ、早速走りましょう」

「よっしゃ! 風との一体感を感じてやるぜ!!」


 そんなこんなでランニング開始。

 ちなみに、昨日からファティマのいるところでエトアラ嬢やセテルタの話題を出していない。

 模擬戦後の反省会のときなんかでも、誰もそのことには触れず単純に模擬戦の内容についてだけ語り合ったのだった。

 なんとな~く、遠慮みたいなものがあってね……


「……相変わらず、アレスは自惚れが強いわねぇ」

「は?」


 どうしよう……ここは難聴系でいくべきところか!?


「私の前でエトアラ嬢の話題を変に避ける必要はないわよ?」

「え? いや、別にそんなつもりは……」


 ありましたー!

 なんとなく、後ろめたいような気持ちになってましたー!!

 ……などと正直にいうつもりはないので、ノーコメントにしておこう。


「まあ、それはともかくとして……セテルタと仲を深めたことで『モッツケラス家を選んだ』という意思表示になると思っているかもしれないけれど、その程度でエトアラ嬢が引き下がるかしらね?」

「えっ……怒ってたりするんじゃないの? 『よりにもよって話をした直後に!』って感じでさ」

「そうねぇ……むしろ対抗心を刺激されているかもしれないわ」

「えぇっ、マジで?」

「今頃『こうなったら、なんとしてでもアレス・ソエラルタウトを手に入れて見せる』と決意を固めていたりして」

「そんなことって……」

「あるわよ? ……エトアラ嬢はプライドの高い方だもの」

「プライドが高いって、さすがに……」


 危うく「ファティマほどじゃないだろ?」って口が滑りそうになったけど、ギリギリで抑えた。

 ここは俺のファインプレーが光った場面だといえるだろうね!


「ふふっ……いい勝負かもしれないわね? でもまあ、ここは先輩に花を持たせておこうかしら」


 あっ、これは俺が何を考えていたかバレてるっぽい……力強い笑顔を浮かべていらっしゃるし。


「と、とりあえず……しばらくは様子見が続くって感じになりそうだな……」

「そうねぇ」


 ……てな具合の会話をしながら約1時間のランニングを終えた。

 そして自室に戻ってシャワーを浴び、朝食へ向かう。

 また、今日の朝食も女子と一緒である。

 それは昨日のことが起こる前に約束していた相手なんだが……あまりの急展開に対応を考えるためキャンセルしてくれても構わなかったのだが、そうはならなかった。

 そうして待ち合わせ場所に2人そろったところで、中央棟の食堂で朝ご飯をいただく。


「アレス様……私も昨日のことをお聞きしました」

「そうか」

「アレス様にも事情やお考えがあったのであろうことは私にも理解できるつもりです……ですが、それでもあえて申し上げさせていただくのならば、エトアラ様が気の毒であったと思います」

「……確かにそうだな」

「もちろん、エトアラ様にも少々強引なところがあったのは事実でしょう……ただ、そうはいっても、これまで誰ともお付き合いをしてこなかったエトアラ様です。そんなエトアラ様が初めてアレス様を選ぼうとした、この意味をもう少し大事に受け止めていただければと思うのです」

「……ふむ」


 特に意図したことではなかったが、いわれてみれば、乙女心を踏みにじるようなおこないだったかもしれない。


「……アレス様へ偉そうな物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした、謝罪いたします」

「いや、構わない」

「私は……以前エトアラ様にお優しく接していただいて、それ以来ずっと憧れていまして……そんなエトアラ様が悲しむようなことがあって欲しくなくてつい、差し出がましいこととは重々承知ながら意見を述べてしまいました」

「大丈夫だ、気にする必要はない」

「寛大なお言葉にお礼申し上げます」


 最初、この子はトキラミテ家が形成する派閥の一員なのかなっていう気がしなくもなかったが、ちょっと違うみたいだね。

 派閥に入って活動しているって感じではなく、ただ純粋に憧れているといえばいいだろうか。

 こんなふうに、いくらか震えながらも強い意思を俺に感じさせたこの子の姿を見るに、なるほど、エトアラ嬢もなかなか慕われているのだなと思った。

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