第495話 その用意がある

「い、今の……聞いたか?」

「ええ、バッチリ……あのトキラミテ侯爵家にソエラルタウト侯爵家の子息が婿入り……これは大変なことよ!?」

「えらいこっちゃぁ~!!」

「こりゃ、要チェックだぞ!」

「ああ、これが実現すれば……今後の王国内の勢力図が変わるかもしれん」


 えぇっ! そこまで!?

 でも、そうか……侯爵家同士の結婚ともなると、そういう感じになっていくのか……


「あんなに俺が熱心にアプローチしてもダメだったのに……チクショウ!」

「エトアラさん……どうして……うぅっ」

「チッ、魔力操作狂いめ……結局奴が全てを持っていく!」


 いや、そんなつもりないから……

 だから、あんまりピリピリしないで……

 侯爵家の娘だからというのもあるだろうが、エトアラ嬢は人気もあるようで、男たちのピリついた雰囲気も広がりつつある。


「そっか……エトアラ様が今まで誰とも交際しようとしなかったのは、こういうことだったのね……」

「確かに、去年だとガネアッド様が一番有望そうだったけど……彼の場合は伯爵家の長男、その点アレス様は侯爵家の次男だからねぇ?」

「そして、第一夫人のお子であるアレス様こそがソエラルタウト家を継ぐべきという意見も出そうだけれど……現ソエラルタウト侯爵にその気がないのなら、他家に婿入りするという選択肢も現実味を帯びてくる……」

「家格、実力……それに最近、いつの間にか容姿までお美しくなられて……そんなアレス様がロイター様やサンズ様……さらにはヴィーン様たちと……はぅっ!」

「こらこら……こんなところで発作はやめなさいよ……」

「えっ……君、そういう子だったの?」

「……は? 『そういう子』って何? どういう子のことをいうの? ねえ、私分からないの」

「あっ、いや……その……」

「はいはい、ケンカはあとにしましょうねぇ~」


 なんか、微妙にヤベェことを言い出した小娘もいるが……

 それはともかく、周囲で俺たちの食事の様子に聞き耳を立てていたであろう学生たちが一斉にザワザワし始めた。

 あ、ちなみにだけど、ガネアッド様っていうのは豪火先輩のことね、ガネアッド・ブレンラウズっていうんだ!

 やっぱ豪火先輩はさ、名前にもワイルドさとクールさがあるなって思っちゃうね!!

 とかなんとか、衝撃的な展開に現実逃避で思考を飛ばしてしまう。

 ……いや、いかん! 流されちゃダメだ!!

 ここはしっかり「ノー」というんだ!

 前世でも「断れない日本人」とかいう言葉を耳にしたことがあったが、今こそ「断れる日本人」になるんだ!!

 ……俺は今、カイラスエント王国人だけどね!!

 こうして俺が決意を固めたところで……


「まあ、この話は少し急でしたわね……ですが、我がトキラミテ侯爵家にはその用意がある、それを念頭に置いてこれからの学生生活を送ってくださいまし」

「あっ、いや……」

「ふふっ、何も急いで結論を出そうとしないでもいいのよ? わたくしもまだ2年生なのですから、卒業まであと1年半もある……それまで遊びたいのでしたら、待ってあげても構いませんわ」

「いや、遊びたいとか、そういうことじゃなくてだな……俺は卒業後、冒険者になってあっちこっちを旅するつもりなんだ。そのため悪いが、領地に落ち着くとかは考えていない」

「ええ、元気な男子なら皆そういうものだと理解しておりますわ。ゆえに1年半待ってあげるといっているのです……学年が進むうちに、そして進路選択が迫ってくるにつれ、自然と考え方も落ち着いてくるでしょうからね」


 クッ……なんて女だ! 余裕がありやがるッ!!

 これでハタチを超えていたら、流されて「イエス」といわされていたかもしれん……まったく、恐ろしい女だ。

 ……どうせなら、なんらかの理由で今まで学園に通えなかったが、ハタチを超えてようやく通えるようになったお姉さんとかいう設定にでもなっててくれないかな?

 まあ、俺のお姉さんセンサーが作動していないので、純然たる10代だろうけどさ……


「さて、今日のところはご挨拶ということで、ここまでといたしましょうか」

「あ、ああ……」

「ふふっ、そこまで束縛する気もありませんが……たまにはこうしてお食事を共にしましょうね?」

「え、あ、まあ、食事ぐらいなら……だが、何度もいうが、あまり期待してくれるな」

「ふふっ、なかなか生真面目な子ねぇ? ワルい坊やなら適当に気を持たせるようにいうものよ? まあ、もう少し腹黒いところがあってもいいけれど、そういう真面目さは嫌いじゃないわ」

「……そんなことは知らん」

「ええ、今は知らなくてもいいわ、結婚後にでもゆっくり指導してあげる……それよりも、これからわたくしの期待を裏切ることのないよう精進なさるといいわね」

「いわれずとも、俺はまだまだ修行中の身だ!」

「それは結構。それじゃあ、これからもアレス殿の活躍を楽しみにしているわ」


 こうして、俺とエトアラ嬢の食事会は終わった。

 なんというか、自尊心が強いというべきか……それで話のペースも、ほとんど向こうに握られてしまっていた。

 あ、そういえば……今回はほとんど魔力操作を勧めることなく終わってしまったな。

 とはいえ、雰囲気的にある程度は魔力操作の練習も積んでそうだったけどね……じゃないと、俺相手にあんな強気でいられんかっただろうしさ。

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