第487話 気を遣うことはないよ?

「今日の内容も各自しっかりと復習しておくこと、それじゃあまた明日ね」


 ふぅ……今日もエリナ先生の授業は素晴らしかった。

 なんて表現すればいいのか……こう、心にすっと入ってくるっていうのかな、頭で理解するだけじゃないんだよね。

 う~ん、俺のいいたいこと、分かるかな?

 ホントにさ、エリナ先生が担任するクラスに入れて俺は幸せ者だよ。

 瞳を閉じれば、エリナ先生の凛々しく清らかな声の残響が脳内を満たす。

 あぁ、いつまでもこの余韻に浸っていたい……俺はそれだけで満足だ。


「アレス・ソエラルタウト殿ですわね……少々よろしくて?」


 そんな俺の幸せなひとときは、俺の名を呼ぶ声によって中断を余儀なくされた。

 そうして閉じていた瞳を開くと……見知らぬ女子。


「いかにも、アレス・ソエラルタウトだ……それで、この俺に何用であろうか?」


 俺の至福のときを邪魔したんだ、それなりに大事な用事だろうな?

 といいつつ、たぶんメシかなんかのお誘いなんだろうけどね。

 まったく、こういうときめんどくさく感じるな……


「わたくし、エトアラ・トキラミテがアレス・ソエラルタウト殿を食事に誘いに来ましたわ!」


 やっぱりな……

 しかしながら、トキラミテ家といわれても知らんね。

 そんな奴、1年にいたっけ? って感じだ。

 そしてもちろん、原作アレス君の記憶にもない。

 まあ、原作アレス君の記憶には貴族の情報なんてほとんどないし、同年代だと王女殿下が王女だったことぐらいしか知らないんじゃないかな……

 でもまあ、口ぶり的に公爵家とかの上位者か、少なくとも同格ではあるのだろうな……見覚えないけど。


「おい、トキラミテの娘……アレス君が困っているじゃないか、無理強いは控えよ!」


 こっちは知ってる、俺の後ろに座っていたクラスメイトの……えぇと、なんだっけ?

 セタ……いや、セテ……


「あ~ら、モッツケラスの坊やではありませんこと? 存在感がなさ過ぎて、ま~ったく気付きませんでしたわぁ」

「坊やではない、セテルタだ!」


 そう! セテルタ!!

 はぁ~スッキリした!

 いやぁ、なんとなく「テ」と「タ」がごっちゃになってたんだよ。

 まあ、今まであんまり絡みがなかったからさ、しょうがないよね!

 それにほら、クラスメイトの名前をちゃんと覚えてないのって、なんとなくクールな感じもするでしょ?

 ……なんていってたら「失礼だろ!」ってツッコミを入れられちゃうかな!?

 そんな俺をかばってくれたセテルタ君はどんな人かっていうと……えぇと……うぅんと……

 いや、前期からAクラスに在籍していたのは覚えているんだ……あんまり印象はなかったけど、顔だけは覚えているんだ!

 とりあえず、Aクラス相応の保有魔力量という基礎スペックを持った男子というのは確かだ……それ以上はゴメンだけど、よく知らない。


「あらあら、あなたのような豆粒にも劣る小さき男子、坊やでじゅうぶんではなくって?」

「僕はそこまで小さくない! やれやれ……どうやらトキラミテの娘は目を病んでいるようだ。そうであるなら、中級ポーションあたりでも飲んではいかがか? いや、脳まで損傷を負っているのであれば、上級ポーションのほうがよろしかろう」


 う……うん、サイズ的にサンズと割といい勝負だと思うけど、辛うじて勝ってるだろうからね、とりあえずミニマムではない……ハズ!

 そして、セテルタ君を「坊や」とかいうぐらいだから、エトアラという女子は2年か3年なのかな?

 残念ながら、俺のお姉さんセンサーはハタチを超えてないと正常に働いてくれないからね……1歳や2歳程度の歳の差では読み取れなくても仕方ないんだ。


「あら、わたくしは人間としての器の大きさのことを申したまでですわよ?」

「なるほど、悪いのは性格だったか……ふむ、一応精神的なものにもポーションは効くと聞いているが……果たしてどこまで効果を望めるのやら……」


 しかしこの2人……俺の前でいつまで口ゲンカを続けるつもりだろうか?

 隠形の魔法で気配を消して、この場を去ってもいいかな?

 ……よし! それでいこう!!

 そう思い、魔法を発動させようとしたが……


「……あらいけない、わたくしとしたことがモッツケラスの坊やの相手をしている暇はありませんでしたわ。それでアレス殿、お時間はあるかしら?」

「……あ、ああ、悪いが今日と明日は先約がある」

「では、明後日のお昼としましょう」

「アレス君、トキラミテの娘などに気を遣うことはないよ?」

「あらあら、豆粒の君はまだいらしたのね? わたくしたちは今大事なお話をしているところですから、お静かになさってくださいまし」

「アレス君、今ので想像がつくと思うが、この人と食事をしたらきっと不愉快な思いをすることになるだろう……無理をして君の貴重な時間を無駄にしないようにね、それだけはいっておくよ……では、失礼」


 そう言葉を残して、セテルタ君は去っていった。

 とはいえ、そもそも俺としてはお姉さん以外の小娘相手だと別にって感じだからなぁ……

 それでまあ、せっかくだから魔力操作の啓蒙活動にあててるだけだし。

 たぶん、このエトアラっていう女子にも魔力操作を勧めて終わりだろうさ。


「あのような坊やのいうことなど気にする必要ありませんわ。それでは、明後日のお昼を楽しみにしておりますわね、ごきげんよう」

「はあ、まあ……ごきげんよう」

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