第480話 人の縁に恵まれている

 風呂上り……男たちは、この一杯のために生きているといっても過言ではないかもしれない。


「お前は……アイスミルクコーヒー片手でよくそんな渋い顔をキメることができるな?」

「おや? アレスさん、前期の頃はお風呂上りにポーションを飲んでいませんでしたっけ?」

「まあ、それもそうなんだが、俺の使用人筆頭が淹れてくれるアイスミルクコーヒーが幼少の頃から気に入っていてな……それで、学園に入学してからはダイエットに目覚めたこともあって控えていたんだが、この夏ソエラルタウトの実家で久しぶりに飲んで、俺の中で再ブレイクしたって感じなんだ」

「なるほど、思い出の味ということですか」


 俺の意識がこっちの世界で目覚めたとき、原作アレス君がアイスミルクコーヒーを好んで飲んでたってことに気付かなかったというか、知らなかったからね。

 また、主に母上のことが中心だといえるが、原作アレス君の大事な思い出には微妙にロックがかかっていて、前世意識の俺が分からないこともそれなりにあるし。


「まあ、体に悪影響はないとはいえ、お前はポーションを飲み過ぎだったともいえるからな……」

「とはいっても、トレルルス特製のポーションは味もいいんだけどな!」

「ああ、前にもらったあれか……確かに、悪かなかったな」

「普通の錬金術師が作った物だと、薬草独特の苦みが残っていたりしますからねぇ」

「アレスさんは、そんな腕のいい錬金術師をよく見つけることができましたよね?」

「……」


 そしてヴィーンも、ソイルの発言に無言でコクリと頷いている。


「フッ……俺は父親を除く人の縁に恵まれているからな!」

「いやいや、貴族の子にとっちゃ、当主との縁が一番といってもいいぐらい大事だろ!」

「次期当主に選ばれる可能性がほとんどないとしても、貴族として生きるなら当主との関係は多かれ少なかれ影響がありますからねぇ……」

「そこはまあ、アレスさんですもんね!」

「……強いな」

「とはいえ、次期当主とされているセス殿とは関係が良好なのだろう? それならある程度は問題あるまい」

「確かに、ロイター様のおっしゃるとおりでしょう」


 まあ、兄上とは仲良くやっているし、親父殿が永遠に当主として居座ることもないだろうからね。

 それに学園を卒業したら冒険者活動を本格化させるつもりだし、貴族社会とはあんまり縁もなくなるだろうさ。


「それはそれとして、ギドさんという方でしたか……アレスさんが絶賛するほどのアイスミルクコーヒーをいつか飲んでみたいものですね」

「ま、そのうち機会もあるだろうから、楽しみにしててくれ」

「そうか、期待しておこう」

「ワクワクしちゃいますね!」

「へっ、そのときはソエラルタウト家の実力、とくと味わってやろうじゃねぇか!」

「はてさて、どんな一杯をいただけるのでしょうかねぇ?」

「……」


 そしてやっぱりヴィーンは無言でコクリと頷いて、この話題は終了。

 こんな感じで風呂上りのひとときを過ごし、今日のところは解散。

 あとは部屋に戻って、精密魔力操作をして眠りに就くだけ。


「さあ、本日ラスト! 魔力と語り合うぜ!!」


 こうして、今日に別れを告げ……日はまた昇る。


「……朝だな」


 目覚めの時間を迎えたわけだが……そういえば夏休み中、アレス付きの使用人たちが俺の展開した障壁魔法の突破にチャレンジするのが習慣になってたっけ。

 加えていうなら、ここのところほとんどずっと周りに誰かがいる状態で寝てたもんな。

 まだ学園の寮に戻ってきて二晩しか経っていないが、なんとなく不思議な感じがしちゃうね。


「……おっと、今はキズナ君が一緒だったね!」


 そうだった、ここにはキズナ君がいるから俺一人じゃなかったね、なんて思いつつ挨拶を交わして朝練に向かう準備をする。


「それじゃ、朝練に行ってくるよ!」


 そしてお馴染みのコースに向かえば、ファティマがいた。

 それも当然のような顔をして、平静シリーズを着用しながら。


「おはよう、そして今日はさっそく4つ目に挑戦してみたわ」

「おう、そうか……で、どんな感じだ?」

「そうね、無理をすれば5つ目もいけそうな気がしたけれど……かといって、4つを身に付けた状態で完璧に魔力操作をこなせるわけでもないから、しばらくはこれで訓練を続けてみるわ」

「ふむ、体に合った適正な負荷っていうのはあるだろうからな、いい判断といえるだろう」


 とまあ、そうして走り始める。


「……ファティマちゃんなら、何を着ても似合うけどさぁ」

「うん、似合うとは思う……けどね」

「でもやっぱ、もう少し……ちゃんとカワイイのを着て欲しいよなぁ……!」

「……だよねぇ」


 走っていると、後方からこんな感じで男子の嘆きの声が聞こえてきたりもする。

 まあ確かに、前期に着てたのは運動着とはいえ見栄えはよかったからね……少なくとも、ダセェって感じはしなかったはずだ。

 とはいえ、当の本人は気にした様子もないから、俺が何かをいう必要もあるまい。


「チッ、魔力操作狂いめ……余計なことをしてくれたもんだぜ、まったく!」

「……なんて面と向かって文句もいえない僕ら……悲しいね」


 そうやって悲しみのポエムを綴るだけで終わるんじゃなく、その気持ちを力に変えて頑張るんだ!

 大丈夫、こうやって朝練に来ているだけ君らはステキなメンズさ!!

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