第476話 ほんの少しでも伝わったかな?

「さて、そろそろ時間だな」

「ええ、そのようです」

「……お前らは前期もこんな生活を送っていたんだなぁ」

「まあな、これも貴族男子の義務のようなものだ」

「これからは……アレスさんも共に頑張りましょう!」

「頑張りたくないなぁ……」


 でもまあ、親父殿にあえて放置されているからだろうけど、派閥の維持とか家同士の関係どうこうに気を遣う必要がないだけ俺は気楽かもしれない。

 ロイターだって「俺様のほうが偉いんだぞ!」って感じで小娘どもに対して突き放した態度で接することができれば楽なんだろうけど、そんなわけにはいかないはず。

 それでどうしたって表面上は丁寧な対応を心掛ける必要があるだろうし、伯爵家のサンズの場合はそれがさらにって感じになりそう。


「ふと気付いたが、俺は親父殿に放置されていて、むしろ恵まれていたかもしれん」

「まあ、考え方によってはそうかもしれんが……それはそれでどうなんだ?」

「アレスさんのそういうところ……さすがです」


 なんて苦笑いを浮かべられつつ解散し、待ち合わせの場所へ向かう。

 ……まあね、前世の俺だったら女子からのお誘いに対して有頂天になっていたと思う。

 それに原作ゲームがベースになってる世界だけあって、ルックスだって前世感覚からしたら大オッケーなはずだし。

 間違っても小娘だなんて表現はしなかったし、面倒にも思わなかっただろう。

 ううむ……この辺は原作アレス君成分が強く出ているのかもしれないなぁ。

 なんて都合の悪いことは人のせいっていうクソ野郎的な思考をしているうちに、到着。

 そして多少早く来たつもりだが、お相手の女子は先に着いていたようだ。


「待たせてしまったか?」

「いえ、私も今着いたところです!」

「そうか、では行こうか?」

「はい!」


 なんとなく、この女子から気負いのようなものを感じるね。

 まあ、それだけ俺に対して恐れみたいなものがあるのかもしれない。

 その反対に、俺は余裕がある態度で接することができている。

 たぶんだけど、別にどう思われても構わないという意識が余裕につながっているんじゃないかと思う。

 そして食堂において適当な席に着き、なんとなく周囲を観察してみる。

 すると、俺が女子と2人きりで食堂に来たのが珍しいと見えてか、視線を感じる。

 男子たちの多くからは「ついに奴も動き始めたか!?」という意識を感じた。

 しかしながら、中にはロイターやサンズとよく似た、同族を憐れむような視線も混じっていた。

 そのため、そういった同族らしき紳士たちには心の中で「お互い頑張ろう」と返事を送っておいた。

 また、女子たちからは「クッ……あの女に先を越された!」とか「あの子……なかなかやるじゃないの」っていう意識を感じた。

 いや、意識っていうか、そういう感情が魔力に乗っているように感じるっていうほうが正しいかな?

 ま、それはそれとして、食事に集中しますかね。


「私、アレス様のこと、とってもステキだなって思っていたんです! だから、こんなふうに食事をご一緒できてとても嬉しいです!!」

「そうか、それはありがとう」


 腹内アレス君の主張は「食事を優先すべき」だからね……

 そのため、とりあえず序盤は女子の話に適当に相槌を打ちながらって感じになっている。

 まあ、これはこれで和やかな雰囲気になっているといえなくもないだろう。

 そして腹内アレス君も満足してきたことだし……そろそろこちらも本腰を入れて会話をスタートさせるとしますかね?


「ところで、君は魔力操作に1日何時間取り組んでいるのだろうか?」

「……えっ! な、何『時間』ですか……?」

「ああ、そうだが?」


 ちょっとした挨拶程度の質問だったのだが……なんてちょっとイキってみたくなる。

 さらに「おっと、常時魔力操作をしていて、何時間という答え方はかえって難しかったかな?」とかいったらどうなっちゃうんだろう。


「え、えっと、そうですね……何かと忙しいもので……い、1時間ぐらいかなぁ……と」


 苦し紛れに1時間と絞り出したのだろうけど、おそらくもっと短いんだろうなぁ。

 それは彼女から感じる魔力の雰囲気からも察することができる。

 まあ、勇気を振り絞って声をかけてきたのはよく頑張ったといえるのだろうけど、これはちょっと残念だね。

 だが、俺は「魔力操作狂い」とウワサされているぐらいなのだから、この程度の問答は事前に想定していてもおかしくないだろうに……

 それとも、男と女で取り組むべきことが違うという認識なのだろうか?

 まあいい、これも何かの縁だ! この時間を利用してしっかり魔力操作の有用性を語って聞かせてやろうじゃないか!!


「ふむ、1時間か……それは少しもったいないな」

「えっと、もったいない……ですか?」

「ああ、そうとも! 魔力操作をするということはだな……」


 こうして、小一時間ほど魔力操作の魅力について語った。


「……どうだね? 魔力操作の素晴らしさ、そのほんの少しでも伝わったかな?」

「……はい……とっても」

「そうか! それはよかった!!」

「……はい……ありがとうございました」

「うむ、お互いとても有意義な時間を過ごすことができたな! それじゃあ、君のこれからの魔力操作ライフに幸あらんことを、ではな!!」


 そして俺は、颯爽と食堂をあとにしたのだった。

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