閑話13 エリナは楽しみでいっぱい

「後期からまたよろしくお願いします。それでは、失礼いたします」

「ええ、こちらこそよろしくね」


 そう挨拶を交わして、アレス君はキズナ君と共に私の研究室をあとにしたのだった。


「……やっぱり、カレーを作ったのは正解だったわね」


 というのが、ここ数日の夕食はこんなふうに量を調節できるメニューを多めに作っていたからである。

 今までの傾向として、アレス君はどこかに遠出したあと毎回、この研究室に訪ねて来てくれていた。

 そのため、この夏休み中の出来事も話しに来てくれるんじゃないか……という気がしていたのだ。

 まあ、そう思って少しばかり準備をしていただけに、夏休み最終日である今日来てくれなかったら、ちょっぴり寂しさを感じていたことだろう。

 まったく……ミオンが面白がって茶化してくるものだから、変に意識してしまうわね……

 あくまでも私とアレス君は教師と生徒……その線引きは忘れないようにしなくてはならないというのに。


「はぁ、私も何を考えているのやら……」


 それはそれとして、今回もアレス君は大手柄だったといえるだろう。

 おそらくアレス君が気付いていなければ、そのまま対策が遅れて大変なことになっていたはず。

 特に今は、魔族への対策を協議するため各貴族家の当主が王都に集まっていることもあって、後継者候補などが領地経営を代理している。

 その場合、経験の浅さから有効な対策を打てなかった可能性が大いにある。

 もちろん、周りに支える者がいるだろうし、ソレバ村のように自主的に解決に動ける村などもあるだろうが、それでどこまで対応できるかは分からない。

 それに学園都市もそうだが、王都は貴族も多く、優先的に食料品が集まってくる。

 そうなると、王国上層部でも不作の影響を見落としてしまう可能性が出てくる……特に領地を持たない貴族だと、その傾向は顕著であろう。

 正直なことをいえば、私も気付いていなかった。


「まあ、自分が食べるぶんぐらいなら、こうして栽培できてしまうからというのもあるのだけれどね……」


 なんて研究室で育てている植物たちを眺めながら独り呟く。

 ……しかしながら、魔族たちもいろいろやってくれるものだ。

 いや、それだけ必死だということなのだろうが……対する王国の動きとしては、まだ鈍いといわざるを得ない。

 かといって、人間族に成りすました魔族を見つけるのは容易なことではないし、仮に運よく見つけられたとしても、半端な実力しかなければ逃げられてしまうか……下手をすると返り討ちにあいかねない。

 その点、アレス君はまだ学生だというのに毎回あっさりと魔族を討伐して帰ってくる……これは本当に驚くべきことだ。

 しかも今回に至っては、自滅魔法の解除に挑んだというではないか……

 残念ながら失敗したとはいえ、おそらくこの調子でいけばそう遠くないうちに成功させてしまうだろう。

 実際あの魔法はそんなに簡単なものではないはず……それなのに、アレス君には不思議とそれをやり遂げるだろうと確信させるものがある。


「本当に、アレス君は期待させてくれるわね……その成長が楽しみでいっぱいよ」


 そして、お土産のうちの一つとして平静シリーズという、ノーグデンド領にあるスライムダンジョンのドロップ品を1セットもらった。

 アレス君はこれを着て、魔力操作の訓練強度を段階的に引き上げていくつもりのようである。

 確かに、これを数多く身に付ければ、魔力操作の負荷がかなり高められるであろう。

 そんなことを考えつつ、改めて私も試着してみることにした。


「う~ん、今の私だと8つか……ギリギリ9つといったところかしらね?」


 さすがに普段の授業中に着ることはできないけれど、私も時間を見つけて訓練中に使わせてもらおうと思う。

 ……でも、授業でも武術や魔法の指導のときに着るのはありかもしれないわね。

 それにしても、これを学園の公式トレーニングウェアとして採用できたら、全体の底上げにとても役立つのではないだろうか……

 たとえ3つだけだとしても、これを着て過ごせばかなり違うはず。

 ただ、ダンジョンのドロップ品であるだけに、安定的にそろえられるかやや不透明ではある。

 そして大々的に採用するとなると、確実にどこかしらの貴族家から横槍を入れられてしまうだろう。

 まあ、アレス君もみんなに広めるつもりのようだし……まずはその活動をサポートするのがいいだろうか。

 そうして徐々に学園全体に根付いていけば……なんて上手い具合にいけばいいのだけれど。


「とりあえず手始めに、魔力操作を嫌がらない先生に勧めてみようかしらね……」


 こうしてアレス君の夏休み中の活躍に思いを巡らせつつ、ドミストラ隊長へ魔族の暗躍について報告の手紙を書く。


「さて、学園都市に派遣されている宮廷魔法士はっと……」


 手紙を書き終え、それを託すつもりの元同僚の顔を思い浮かべながら研究室を出る。

 まあ、夜も遅くなってしまってはいるが、それはそれ。

 せっかくアレス君が知らせてくれた情報なのだ、なるべく早く送るべきだろう。

 そんなわけで、今日はもうひと仕事するとしましょうか。

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