第455話 馬車は使わんぞ?

「して、アレス殿……昨日馬車を用意する必要がないとおっしゃっていたので、そのとおりにしたのだが……アレス殿たちの馬車はいずこに?」

「見たところ、馬車が停まっていないようですが……」

「いや、馬車は使わんぞ?」

「は、はいぃ!? 今、なんとおっしゃいましたか!?」

「ば……馬車を使わないと聞こえたのですが……それはどういうことですか?」

「ああ、聞こえたとおりだ。ソリブク村まで走って行く」

「な、何をおっしゃっておられるのか!! ソリブク村までいったいどれだけの距離があると思っておられる!?」

「そうです! 馬車で2・3日はかかるのですよ!?」

「それは普通の馬車の速度でだろ? しかも、あいだに休憩をこまめに挟んだ場合のな……まあ、俺の予定では今日中にソリブク村に到着する予定だ」

「わ、分からない……アレス殿のいっていることが理解できない……」

「ムチャクチャだ……」


 これは別に、いうほどおかしなことではない。

 というのが、この世界で平民が日常的に利用するような普通の馬車はそんなに速くないのである。

 まあ、軍用に特別に鍛えており、かつ拠点ごとで馬を変えたりなんかしていると、もっと移動距離も増えるだろうが……

 そういった特別な場合を除いた普通の馬車なら、基本的に途中で馬を変えることもないので休憩が必要になるし、無理に速度を上げさせるようなこともしない。

 そのため、結果的に1日の移動距離が徒歩の場合とさほど変わらないか、それよりはちょっとマシってぐらいに落ち着くのである。

 そこで、それなら俺たち人間が走ればいいじゃん! ってわけだ。

 しかも、身体強化の魔法で走る速度を上げつつ、回復魔法やポーションを使って休憩をなるべくカットすれば、そのぶんさらに移動距離を稼げるってもんだ!

 ……まあ、馬に対して同じことをやることもできるけどね。

 実際エメちゃん救出の際、ゼスの馬にポーションを飲ませて頑張ってもらったおかげで2・3日の距離を1日に短縮できたわけだし。

 ただ、今回の場合ソリブク村のフーナンガ村長とズートミンに、少しでも早く魔力の感じをつかめるようになってもらいたいのだ。

 そう考えると、移動の時間も無駄にしたくない。

 というわけで、魔力交流で2人に魔力を流しながら身体強化と回復魔法をガンガンかけつつ、走ってもらうことにしたんだ。

 ……てなことを2人に説明した。


「な……なんということを考えておられるのか……」

「し、信じられない……」

「まあ、過去にもただの草に魔力を込めるって方法を教えたことがあるが、その彼らも1日で魔力の感じをつかめたみたいだから、きっと2人もやれるさ」

「それなら!! 儂らも馬車の中でただの草に魔力を込めればよかったのでは!?」

「た、確かにッ!!」

「今回予定している方法のほうが必死さが上がるため、より魔力の感じをつかめるようになるだろうという判断あってのことだ」

「そんな……『だろう』って……」

「わ、私たちは……とんでもない人に助けを求めたのかもしれない……」

「そんなわけで、昨日から魔力操作に取り組むことで2人の魔力経を多少なりとも活性化しておいてもらったのさ。そうでないとたぶん……体がビックリしてしまうだろうからな」

「もう……いろいろな意味でビックリしておりますぞ……」

「驚き過ぎて疲れました……」

「ま、それでも、見たところサボらず魔力操作をやっておいてくれたみたいで安心したよ」

「一応、そういう約束でしたからな……」

「はい、村を救うためですから……ああ、そうだった、村のためにはこんなことで驚いている場合ではない……やるしかない!」

「ふむ……ようやく気合が入ってきたようだな? よしよし」


 ちなみに、ソレバ村から借り入れた物資についてはフーナンガ村長が持っているマジックバッグに収納済みである。

 そのマジックバッグであるが、ここの領地を治めるクラッドガイン伯爵から各村の村長に預けられているとのこと。

 まあ、税として作物を納めるときなんかに役立てるのだろう。

 これにより、クラッドガイン家の家紋の入ったマジックバッグを持つことが村長の証といえるかもしれない。

 いや、きちんとそれ用の証明書とかも別にあるだろうけどね。

 とまあ、こうして物資を積む必要もないため、なおさら馬車は必要ないってわけだ。


「お2人にも納得いただけたようですし、そろそろ出発いたしましょうか?」

「うむ、そうだな……」

「アレス兄ちゃん……またね!!」

「またいつでも遊びにいらしてくださいね」

「アレス殿、ソリブク村のこと、儂からもお頼み申します」

………………

…………

……


 見送りにきてくれていたソレバ村のみんなと挨拶を交わし、出発のときである。

 そしてソリブク村の2人にさっそく身体強化の魔法をかける。


「か、体に力が漲ってくる!? まるで若かりし日に戻ったようだ!!」

「私もです、村長!」

「フフッ……ワハハハハ! この歳になって走らされるのかと思っとったが、これなら行ける! どこまでも走ってくれようぞ!!」

「お供します! 村長!!」


 なんか、2人とも急に元気になっちゃったね……まあ、そうでないと困るんだけどさ。

 とはいえ、年齢によって体の衰えを感じている人にとって身体強化の魔法っていうのは、これほどまで効果バツグンだったというわけか。

 そんなことを思いつつ、走り始める。

 さらばソレバ村、また来る日まで!

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