第439話 つわものぞろい

 ホテルに併設されている食堂には、食事だけをしに来ている街の人もいるようだ。

 そしてここでも「食品の値段が上がった」というぼやきが多く聞こえてくる。

 だが、ここで一つ興味深い話をしている人たちがいたので、そちらに意識を集中することにした。


「おい、知ってるか? 王国東部で大規模なモンスターの氾濫が発生したんだとよ」

「うへぇ、そりゃ東部の人らもツイてないねぇ……僕らなんか食品の値上がりだけでも、こんなに困ってるっていうのに……」

「こうしてお酒を飲めてるだけ、まだ余裕があるんじゃないの? それにしても……悪いことっていうのは重なるものなのかしらねぇ?」

「そりゃあ食事の量を抑えて、お酒の量を確保しているからね!」

「あらあら……」


 東部で大規模なモンスターの氾濫か……

 あいだに王都や学園都市を挟み、ある程度距離が離れているであろうこの街に話が伝わってきているぐらいだから、既に鎮圧済みなのかな?


「まあ、酒の話はともかくとしてだな……東の奴ら、モンスターの氾濫による被害は意外と大したことなかったらしい」

「えっ! なんで!?」

「そういうときって領軍が救援に駆けつける頃には、かなり被害が拡大してるって聞くわよね? ……それとも、すぐ動ける領都で発生したとか?」

「いや、領軍じゃない……ああ、もちろん冒険者でもない」

「ま、まあ、そんな危険に身を投じる冒険者なんて、よっぽどの自信家かバカだろうからね」

「もしくは、街を愛するロマンチストといったところかしら……それで、領軍や冒険者じゃないとしたら、どうやってモンスターの氾濫から被害を免れたの?」


 ふむ、ということは、もしかすると……?


「聞いて驚け! なんと、王女様とそのご学友たちがモンスターどもを蹴散らしたらしい!!」

「なっ! えっ? 王女様が!?」

「王女様って……フェイナ様のことよね?」

「あったりまえだろ! ほかに誰がいるってんだ!!」


 やはりだったか。

 というのが、原作ゲームにもそういうイベントがあったんだよ。

 夏休み中に主人公一行が向かった先で強制的に起こるイベント。

 まあ、このイベントの目的としては、シナリオ的には主人公の名を揚げさせることだろうね。

 あと、ゲーム的には後期に予定されている学園内での武闘大会に向けたレベル上げをさせるってところかな?

 モンスターの氾濫というぐらいだから、経験値がザックザクって感じなのさ。

 とはいえ、コツコツとレベル上げをしながら進めているプレイヤーには、これはそこまで大きな意味はないかも。

 そして、このイベントでは「救援に駆けつけますか?」という質問が出てきて「はい」か「いいえ」を選択することができる。

 「はい」を選べばもちろん鎮圧に向かうことになるし、「いいえ」を選べばそのまま鎮圧に参加せず終わる。

 では、この選択肢がなんのためにあるかっていうと、ヒロインの好感度操作のためだろうね。

 この時点で仲間にできるのが王女殿下のフェイナ、幼馴染のニア、そして魔族少女が人間族に成りすましたゾフィネの3名なのだが、選択次第で彼女たちの好感度が変化するのだ。

 王女殿下は「はい」でアップ、「いいえ」でダウン。

 これはまあ、そうだろうなって感じ。

 次に幼馴染は「はい」でアップ、「いいえ」で少しダウン。

 ここは幼馴染の好感度を下げる貴重な機会といえるかもしれない。

 といいつつ、ちょっとしか下がんないけどね……でも、幼馴染エンドを回避するには大事な一手といえるかもしれない。

 いや、ほかにもチャンスはあるけどさ。

 ちなみに仲間として連れて行かないこともできるけど、その場合は「弱い自分が悪い」とでも思うのか好感度に増減がない。

 それか、もしかしたら「私、待ってるからね」とかそういうモードになっている可能性もあるのかな?

 あと、その場合はゲーム的に仲間が1人少なくなるぶん、苦戦を覚悟しなきゃだろうね。

 それで魔族少女は「はい」で少しダウン、「いいえ」で少しアップ

 一応所属が人間族と敵対しているマヌケ族だからね、しかもまだ序盤で主人公君ともそこまで仲が深まっていない頃だし。

 ただ、どちらを選んでも増減幅が「少し」ってところに、魔族少女にも葛藤が生じ始めているのを感じ取れるのではないだろうか。

 これについて魔族少女推しのプレイヤー各位としては、こういうジレンマに陥った姿にいわゆる「萌え」を意識せずにはいられないのかもしれない。


「それにしても、さすが王女様ってことなんだろうけど……被害がほとんどないっていうのは、ホントに凄いよね」

「そうよねぇ、それによく訓練された領軍でさえ無傷では鎮圧できないって話でしょ? 王女様にお怪我はなかったのかしら?」

「いや、王女様のご学友がこれまたつわものぞろいらしくてな、大丈夫だったらしい」

「へぇ……でもまあ、王女様のご学友が務まるぐらいなんだから、それも当然のことなのかもねぇ」

「最高の人材がそろってるのは当然のことでしょうね」

「おうよ! そう考えれば王国の未来も安泰ってもんだな、はっはっはっ!!」

「だねぇ、王国の未来、そして王女様に乾杯!」

「ふふっ、乾杯」


 あれ? 主人公君の名前が出てこなかったな。

 一応これはシナリオに沿ったイベントのはずだよな?

 いや、実際のところ原作ゲームにおいても、一般庶民の反応はこんなもんだったのかな?

 それにまだ序盤だもんね。

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