第13章 不作騒ぎ

第437話 野菜の値段が上がった

 ノーグデンド領を出発して数日、既にいくつもの街を通過している。

 だが、あれからスライムダンジョンの大繁殖みたいなビッグイベントには遭遇していない。

 あまりこういうことをいうと不謹慎かもしれないが、多少の物足りなさを感じてしまうのも正直なところだ。

 フフッ……しょせん俺は平和な世では生きていけない男なのさ……

 なんて、メチャクチャ平和な前世日本からやって来た俺がいっても締まらないだろうなぁ。


「アレス様、この先の街で昼食といたしましょう」

「うむ」

「はぁ……ひぃ……もうちょっとぉ~」

「さすがに……今のわたくしたちに……4つは無謀……だったかもしれませんわね……」

「……リスクを負ってこそ……つかみ取れるものがある」


 サナがなんか微妙にカッコイイことをいっているが……現在俺たちは平静シリーズを装備しながら地上を走っている。

 俺はヘアーバンド、インナー、ジャージ、靴下、ランニングシューズの5つ。

 ギドと3人娘はその中からヘアーバンドなしの4つ。

 まあ、ギドの場合はもっと装備しても大丈夫なんだろうけど、あまり3人娘に差を付け過ぎるのも……という配慮なのだろう。

 といいつつ、これだけ涼しい顔をしてたらあんまり意味がないような気がしないでもないが……

 かくいう俺も、5つはなかなかのチャレンジである。

 そのため頭の中でこそ、こうしてゴチャゴチャいってられるが、走りながら口に出して言葉を発するのはしんどい。

 というわけで、ギドに一言返事するだけとなったのだ。

 ちなみにノーグデンド領を出発してから、ここまでずっと走ってきたわけではない。

 だいたい午前中は走って、午後からはウインドボードって感じ。

 そしてウインドボードに乗るときは平静シリーズをみんな1つずつ減らして俺は4つ、ほかのみんなは3つである。

 まあ、走るより単純に難易度が上がるし落下の危険もあるから、無理をしないようにしているのさ。

 とはいえ、平静シリーズを装備しながらウインドボードっていう時点でまあまあ頑張ってるほうだと思うけどね。


「街が見えてきましたよ、さあ、あともう少しです」

「うむ」

「はぁ……ひぃ……」

「ふぅ……」

「……頑張れ、私」


 とまあ、こんな感じで走り抜き、街に到着。

 そして俺にだけ聞こえる腹内アレス君のお昼コールが響き渡っている。

 ……もうちょっとだから、待ってておくれ。

 あと、街中でよく平静シリーズを着れるなって思うかもしれないが、意外と大丈夫だったりする。

 というのが、貴族と平民で服装が違うのももちろんだし、職業によっても違う。

 それに加えて、異世界らしくファンタジーな種族も共に生活しているため、そこそこ服装にも多様性がある。

 でもまあ……「平静」っていうロゴがダセェことには変わりないけどね。

 そんなことを適当に考えつつ、一軒の定食屋に入った。

 フッ、こういうところで人々の生の声を聞く……そうした情報収集が大事だと異世界転生の先輩諸兄が教えてくれたからね。

 というわけで、周囲の話し声に耳を傾けてみると……


「最近だいぶ暑さも和らいできたけど……この夏は本当に暑かったなぁ」

「ああ、まったくだ、あんなに暑けりゃ仕事にも身が入らんよ」

「そういうとき、冒険者の連中は涼しいダンジョンにでも引っ込んでたんかなぁ?」

「そうはいっても、あれも命懸けだからな……」

「確かに……そういえば、聞いたか? この猛暑で農作物の収穫に影響が出てるんだってよ」

「いわれてみれば……うちの奴がそんなことをいってた気がするな」

「そうそう、それで俺のカミさんも『野菜の値段が上がった』とかうるさくってかなわん」


 農作物の収穫に影響だと……?

 それは困るよな……特に腹内アレス君的にね。


「そんな状態が続くようなら、少々マズいことになるかもしれんな……」

「いや、俺んちでは既に始まっててね……晩酌のため酒瓶に手をかけようとするとカミさんが睨んでくるんだ……はぁ~あ、やんなっちゃうよ」

「なら、うちもそろそろか……」

「まあ、お前んとこのヨメさんなら割とおっとりしてるからまだ大丈夫かも……いや、お前んとこが本格的にうるさくなったら、マジでヤバいってことなのかな? ……まったく、うちの領主様はオレたち下々の者が困ってるってことを知ってるのかね?」

「どうかな……まだ野菜が多少値上がりしたってぐらいで、飢えているわけではないからな……」

「ま、そうだよなぁ……」

「それにモンスターたちは相変わらず湧いて出てきてくれてるみたいだから、肉には困らないだろうさ」

「そのモンスターどもだけど……農村を襲って農作物をさらに食い荒らしちまったらどうすんだって気もするなぁ」

「そこはまあ、冒険者たちに頑張ってもらうしかないな」


 野菜がないなら、モンスター肉を食えばいいじゃないってところか。

 あとは、ノーグデンド領にあったスライムダンジョンのスイーツみたいなドロップ品のお世話になるっていうのも手だろうな。

 まあ、そんなふうに食べる手段はまだまだ残っているから、このオッサンたちもいうほど表情に悲壮感がないんだと思う。


「ああ、そういえば暑さで思い出した……南西のほうから来たっていう行商人がいってたらしいんだけど、この暑さをものともしなかった領があるらしい」

「へぇ、こっちよりもっと暑かっただろうに……それはちょっと信じられないな」

「ええと、なんだったかな……ソエルなんとか領とかいってたと思うんだけど……」


 たぶん、ソエラルタウト領のことだろうな。


「まあ、ほかの領のことなんて俺たちには直接関係ないだろうし、名前なんてどうだっていいさ……それにそろそろ時間だ」

「それもそっか! さぁ~て、メシも食ったことだし、午後の仕事に戻るとすっかぁ」

「ああ、野菜の値上がりぶんも稼がなければならんしな」

「へっ……強欲な商人どもがこれを機に買占めなんかしなきゃいいけどなっ!」

「ああ、まったくだ」


 こうしてオッサンたちは連れ立って定食屋を後にしたのだった。

 前世でも農作物の収穫量がどうのこうのっていう話は何度も耳にしたことがあったし、こういうところは異世界でもあんまり変わんないんだなぁって感じがした。

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