閑話12 エリナは心穏やか?

 研究室にて、植物たちに水やりをしている。

 ただ、実際のところ魔道具によって自動的に最適な環境を保たれているので、わざわざそんなことをする必要はなかったりする。

 それでも、なるべくなら自分の手で世話をしてあげたいと思うので、こうして時間のあるときは自分でするようにしている。


「……キズナ君、あなたはアレス君にとても大事に育てられているみたいね」


 以前アレス君に贈ったチャノキを夏休みのあいだ預かっているのだが、葉が青々としていて元気がいい。

 また、この子はアレス君と相性がよかったのだろう、この研究室にいたときより強い生命力を感じるほどだ。


「あともう少しで夏休みも終わりよ。そうなればまたアレス君に会えるから、そのときを楽しみに待っいてちょうだいね?」


 なんて言葉をかけてみた。

 するとなんとなくではあるが、了解の意思を感じ取れたように思う。

 まあ、あくまでもそんな気がするだけ……でも、それで構わない。

 私自身、こんなふうに植物たちと接することでいくぶん心穏やかに過ごさせてもらっている。

 アレス君も、キズナ君と接することで多少なりとも日々の癒しとなってくれていたらと思う。

 こうして植物たちの世話をしながらのんびりとした時間を過ごしていたところ、研究室をノックする音が聞こえた。


「どうぞ、あいてます」


 そう返事をしたところで部屋に入ってきたのは……


「こんにちは~センパイ!」


 ミオンだった。

 確か、魔族の暗躍を調査するため、あちこち飛び回っていたはず。


「いらっしゃい、調査のほうは進んでいるかしら?」

「う~ん、それなんですけどね~怪しいと思って捕まえた奴の多くが普通の犯罪者ってことが多くて……」

「そう……でも、治安維持には役立っているだろうから、全くの無駄というわけではなさそうね」

「まあ、たまに捕まえた奴からデッカイ盗賊団の捕縛にまで行き当たったことなんかもありましたね~」

「あら、それはお手柄ね」

「どうもどうも~やっぱり、センパイに褒められちゃったら悪い気はしないですね~あ! でもでも~大当たりで魔族に辿り着いたこともありましたよ!!」

「ミオンのことはそこまで心配する必要もないと思っているけれど……魔族相手に部下の騎士たちは大丈夫だったの?」

「え~! アタシのことも心配してくださいよぉ~!!」

「いくら魔族でも、かなりの手練れでなければあなたの相手は無理だもの」

「ぶ~! ぶ~!! アタシだってか弱い女の子なんですよぉ~!?」

「はいはい……それで?」

「ま、それなりに気を配りながらだったんで、部下たちにコレといった被害はなかったんですけど……魔族を生け捕りにすることはできませんでした」

「追い詰めたところで自爆でもされたのかしら?」

「そのと~りでしたっ! ……はぁ、もうちょっとだったと思うんですけどねぇ……やっぱりセンパイは凄いです、アッサリと魔族を生け捕りにしちゃうんですから!!」

「ランジグカンザ家に紛れ込んでいた魔族のことなら、あれは偶然よ」

「偶然でもなんでも、なかなかできませんってば! 万全に準備していても隊によっては、自爆どころか逃げられてすらいるんですから!!」


 自爆されてしまったのは仕方ないとして、逃げ切った魔族からは慢心が消えているでしょうから、次に対峙したときは厄介な敵になっているかもしれないわね……

 とはいえ、王国が対策に動き出したことをあちら側も察知しているでしょうし、もう既に慢心は捨てている頃かしら?


「……いずれにせよ、向こうの本気度合いも上がってくるでしょうから、これからはより気を付けて任務に当たったほうがいいわね」

「は~い……って、そういう話は置いといてですね! 今回アタシは王国南部に行ってたんですけど、その途中で面白い話を仕入れてきましたよっ!!」

「へぇ、どんな話かしら?」

「ふっふっふっ、それはですね……センパイにとって愛しのアレス君がソエラルタウトの実家で面白いことを始めたみたいなんです!」

「……その面白いこととは何かしら?」

「あ、今わざとスルーしましたね!?」

「ごめんなさい、私もこう見えて忙しいのよね……」

「そうですよね~植物の水やりで忙しいですもんねぇ~?」


 私としたことが……じょうろが濡れているのにミオンは気付いていたようだ。


「……」

「ま、それはひとまずいいとしましょう。話の続きですけど、アレス君はソエラルタウト領に雪山を作って、そのついでに街まで作っちゃったみたいなんですよ! まあ、今年の夏は暑かったですからね~いや、アタシたちは魔法があるから暑さ寒さはあんまり関係ないですけどね!!」

「雪山……」

「そうです! そこで、スキーとかスノーボードなんかをできるようにしちゃってるみたいですよ?」

「そうなのね……ああ、そういえば空を飛ぶボードにも楽しそうに乗っていたものね」

「今度アレス君に『私を雪山に連れてって!』っていってみたらどうですかぁ? きっと喜んでオッケーしてくれますよっ!!」


 スキーにスノーボードか……そこまで得意というほどではないけれど、できなくはないわね……


「まあ、機会があればね」

「も~! そんなこといってていいんですかぁ? アレス君の人気、これからどっかーんってきますよ!?」

「これから?」

「えっとですね、正直こっからが本題みたいなところがあるんですけど、どうやら近頃『リリアン様が帰ってきた!』って夫人方が話し合ってるみたいなんです!」

「リリアン様って……アレス君のお母上のことよね? でも、リリアン様が亡くなってだいぶ経つはずだけれど……」

「この夏休みの帰省でアレス君が立ち寄った領地やソエラルタウト家で開かれたお茶会、それらで夫人たちはアレス君の姿にリリアン様を見たそうなんです!」

「リリアン様を見たって……」

「まあ、アタシたちは世代が違いますからねぇ~ほとんど伝説の人みたいな感じですし……いや、それはともかくとして! リリアン様を慕う夫人の娘の中には現在学園に通っている子もいるはず! きっとその子たちは母親の指令でアレス君にアプローチを始めちゃいますよ!!」

「そう……」


 でも……アレス君の味方になってくれる人が増えることはいいことよね。

 まだまだアレス君のことを快く思わない貴族もいることだし……


「ほんっとうに! センパイはそっち方面はダメダメですねぇ~魔法を扱うときみたいに、そっちもカッコよく決めてくださいよぉ!!」

「……その言葉、そのままあなたに返してあげる」

「えぇ~なんでですかぁ?」

「だって、あなたも休暇中は同僚の女の子たちとばかり遊んでいるって聞いているわよ?」

「えっと、あはは~おっと、もうこんな時間! 次の任務があるのでアタシはこれでっ!!」

「いってらっしゃい、気を付けてね」


 こうしてミオンは慌ただしく研究室を後にしたのだった。

 リリアン様を慕う夫人たち……か。

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