第431話 啓蒙仕る!

「それにしても、あの『平静』とかいう装備にそこまでの価値が見込めるのかしら? 確か魔力操作が困難になるのよね?」

「はい、魔力操作が困難になるからこそ、より訓練効果が高められると考えています」

「アレス殿のいうとおりかもしれないけれど……通常の魔力操作ですらあまり一般的とはいえないのよねぇ……」


 俺の平静シリーズへの入れ込みようは、魔力操作が敬遠されがちな世の中にあってやや奇異に映るのかもしれない。

 でもさ……みんな魔力操作を嫌がり過ぎじゃない?

 俺の感覚としては、これほどコスパ最高なものってそうそうない気がするんだけど……


「ふと気になったのですが、魔力操作はなぜこうまで避けられるのでしょうか?」

「そうねぇ、単純に飽きやすいというのもあるけれど……貴族たちにしてみれば、今の状態でいろいろと安定しているからかしらね」

「いろいろと安定……ですか?」

「そう、一番は人魔大戦以来大きな戦争がなかったことね。まあ、小競り合いはそれなりにあるけれど、それも王国を揺るがすほどではないし……それから、我々人間族にとって脅威といえるモンスターも中央に行くほどきちんと間引きをして管理もされているわね。そして保有魔力量もだいたいみんな爵位に応じた量があって、魔力操作が少々不得意でもそのぶん魔力を注ぎ込めば魔法を発動できるから平時にはそれでじゅうぶんだと思われているのでしょうね」

「平和な時代が長く続いたが故のことというわけですか……」

「たぶんね……だから、中央部に行くほど、そして領地を持たない文系貴族ほど、権力闘争に忙しくて魔力操作を訓練している暇がないのではないかしら? まあ、当家も今のところ武系貴族を名乗ってはいるけれど、年々文系化してきているような気もするからあまり他家のことをいえないわね……」

「文系化ですか……」


 まあ、思いっきり深いモンスターの森や外国なんかと隣接している領地の貴族とかならまた別な発想なんだろうけど……


「そんな中でアレス殿は魔力操作を勧めているのよね?」

「はい、魔力操作こそが未来を切り開く鍵だと確信しておりますので」

「なるほど……では、アレス殿は王国の権力構造を覆したいと考えているのかしら?」

「いえ、特にそのようなことは考えていません……ただ、魔力操作に打ち込むことで開ける未来があるのなら、それを応援したいとは思っています」


 一瞬ヒヤッとしたが、俺のお姉さんセンサーは夫人を敵認定していないし、たぶん俺のことを危険思想を持った反乱分子として排除しようとは思っていないだろう。


「そう……そこでアレス殿が考えている未来について聞いてみたいことがあるのだけれど……」

「はい、私に答えられることであればなんなりと」

「アレス殿はこれから魔族と戦争になると考えているのではないかしら?」

「……ッ!!」

「そして魔力操作を皆に勧めて回っているのは、それを想定してのこと……というのは私の考え過ぎかしら?」


 はい、戦争になります……原作ゲームのシナリオどおりであれば……

 また、今のところシナリオをまあまあ無視して行動できているが、なんとなく魔王復活だけは世界の強制力が働くんじゃないかっていう気がしている。

 それは異世界転生の先輩諸兄の多くがそうだったからという理由が大きい。

 それに後の災いとなる存在を予め始末しておこうとしたのに、どうやっても始末できなかったとかお決まりのパターンでしょ?

 俺も最初はある程度戦えるようになったら魔王の宝珠を予め破壊しに行くのもアリかと思っていたんだけど、魔力探知にそれらしき物が引っ掛からないんだよね。

 時期的に俺が原作ゲームで知っている場所にまだないってだけで、そのうちそこに持って来られるのかもしれないけど、とりあえず今のところはそこにないっぽい。

 というか、魔王の宝珠に攻撃を加えようとしても、そのエネルギーすら吸収されるとかもあり得るだろうし……


「やっぱり、そうなのね……」


 おっと、ついつい思考の海に潜ってしまっていたな……


「申し訳ありません、あまりに途方もないことでしたもので……」


 なんて思わず適当な返事をしてしまったが……夫人もかなりぶっちゃけたよな……

 ああ、この話をするため周囲に人を配置していなかったのかもしれないね。


「今の反応でだいたい分かったわ」

「そうですか……」


 やっぱ俺って分かりやすいのかな……なんか恥ずかしいぞ。


「人魔融和派が増えてきたことと、200年前の人魔大戦に勝利したことが慢心を生んでいるのか、多くの貴族から危機感が欠けているし、それは当家も他人事ではない……ここは今一度気を引き締めなければならないわね……」

「あの……私の反応一つでそう結論付けてよろしいのですか?」

「まあ、もともと多少の危惧がなかったわけでもないし、備えるに越したこともないでしょう………………それに、リリアン様のご子息が考えていることだもの……」


 その後半の呟きは、俺をとおして別の人……それはつまり母上を見つめてのものでもあったように感じる。

 何気にそんな気もしていたが、やはり夫人も母上を慕う人だったのだな。

 そして、だからこそ俺に対してこれだけ好意的に接してくれるのだろうね。

 原作アレス君よ、ここにもいたじゃないか、君の力になってくれたであろう人が……

 それにもっと早く気付いていれば……


「……あら、もうこんな時間ね、今日はもう遅いから泊まっていくといいわ」

「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます」

「ええ、ついでだから、当家の兵たちに稽古を付けてあげてくれないかしら?」

「私もまだまだ修行中の身ですから、こちらこそ学ばせていただきます!」


 というわけで、ノーグデンド家の屋敷にお泊り決定。

 さて、武技についてはこちらが学ばせてもらう立場かもしれないが……ノーグデンド領軍の皆様にも魔力操作を啓蒙仕る!

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