第424話 気分が高揚

 転移陣により、20階のボス部屋から1階に戻ってきた。

 そこで周囲を見渡してみると、まばらではあるが、スライムダンジョンに挑戦しようとする冒険者たちの姿がある。

 彼らの手には、スリングショットが握りしめられている。

 おそらくゲイントのウワサを聞きつけて、それに続こうということなのだろう。

 スライムダンジョンを盛り上げるためにも、是非とも彼らには頑張ってもらいたいものである。

 なんて心の中でエールを送りながら、ダンジョンから外に出る。

 そしてそのままギルドの出張所へ「ダンジョンを完全攻略した」と報告に向かう。


「おっ、帰ってきたか、お疲れさん! そしてちょうどよかった!!」

「ちょうどよかった?」

「そうさ! セーツェルさん、今話していたダンジョン攻略を進めている冒険者たちっていうのが、この人たちだよ!!」


 そしてギルドのオッサンは、傍らにいた鎧姿の男に話を振った。

 この整った感じ、その辺の冒険者とは違うな……おそらく騎士だろう。

 ということは結局、領軍が派遣されてきたのか?

 だが、そういう雰囲気でもなさそうだな。

 そんなことをチラリと考えていると……


「冒険者の名前を聞いたとき、まさかとは思いましたが……アレス殿、やはりあなたでしたか」

「ふむ……どこかでお会いしたことがあっただろうか?」

「いえ、こうしてお話しするのは初めてになります。ああ、申し遅れました、私はノーグデンド子爵家に騎士として仕えております、セーツェル・タキムスと申します」

「これはこれはご丁寧に、お知りのこととは思うが、私はアレス・ソエラルタウト、今は一介の冒険者として行動しております。しかし、一目見ただけでよく私とお分かりになりましたな?」


 特に貴族のあいだでは、まだまだ太っていた頃の姿が印象に残っていて、痩せた姿の俺などあまり知られていないだろうに。


「はい、実は先日のソエラルタウト領でおこなわれたお茶会に当家の奥様の護衛として同行しておりまして、その際に会場の待機場から遠目にではありますが、アレス殿の姿を拝見いたしておりました」

「おお、そうでしたか! ノーグデンド子爵夫人には興味深いお話を聞かせてもらうなど、とてもよくしていただきました!!」


 あまり領地というものに頓着がなかったが……そうか、ここはノーグデンド子爵領内の街だったのか。

 いや、夫人とお茶会でおしゃべりをしただけで、ノーグデンド子爵といわれてもよく知らんけどね、原作アレス君の記憶にもないし。


「ええ、奥様もアレス殿とのお話をとても楽しまれたようで、領地に帰る際もそのときのことを楽し気におっしゃっておられました」

「そのように思っていただけていたとは、嬉しい限りです」

「はい、間違いありません。そして今回、アレス殿が領民の救出に動いてくださったと聞けば、よりお喜びになられるでしょう」

「それなのですが……出過ぎたマネではありませんでしたか? 聞くところによると、領軍を編成していたところだったとか」

「いえいえ、ご心配には及びません。むしろ軍を動かさずに済んで助かったぐらいですよ……そして、既にダンジョンに入ってお気づきのことと思いますが、あまり実入りのいいダンジョンではありませんし……」


 まあ、軍を動かさなかっただけ、費用の節約にはなったかもしれない。

 それと実入りについては……


「私としては、なかなか好ましいドロップ品の数々でしたが、確かにほかのダンジョンと比べたらクセが強い物だったかもしれませんね」

「クセが強い……ハハッ、まさにそうですね」

「とはいえ、11階から出てきた装備品の数々……見た目こそクセが強いですが、どれも魔法防具で性能としては悪くなかった気がしますが?」

「そうですね、我々のような見た目も重視される軍の正式装備には向きませんが……おっしゃるとおり防御力はそれなりにあるので、ある一点を除けば、冒険者の装備として使えるかもしれません」

「ある一点?」

「はい、あの『平静』という装備……1つ2つぐらいならそうでもないのですが、さらに3つ4つと装備していくとやがて精神的に影響が出てくるようで、気分が高揚してくるのです」

「気分が高揚……過剰となると問題だが、ある程度なら士気を高めるのに役立つのでは?」

「まあそうではあるのですが……高揚したぶん集中力がなくなるのか、反対に魔力操作が困難になるのですよ」

「なんと! それは……」

「ええ、ただでさえ魔力操作を苦にする者は多いですからね……防御力や士気の向上といったプラスの効果を打ち消すどころか、大幅にマイナスとなってしまうのです」

「なるほど……」


 そりゃそうだろうなって感じ。

 いや、保有魔力量の少ない平民なら大した問題でもないんじゃない? って思われるかもしれない。

 だが、平民たちも魔力と無縁の生活を送っているわけではなく、無意識ではあっても体を動かすときなど、普段の生活の中で魔力を使っているものなのだ。

 そのため、魔力によるアシストがないぶん、パフォーマンスを下げる結果となってしまうだろう。


「そうしてあの装備は結局、我々軍の中で気が向いた者が訓練着として1つ2つ使うだけといった感じになっていますね。そして、冒険者たちも敬遠するダンジョンですから、領内にもほとんど出回っていないでしょう」

「そうでしたか……それは少しもったいない気がしますね」


 というのがさ、魔力操作が困難になるっていうことは……考えようによっては高地トレーニングみたいなことができるってことじゃない!?

 そして「平静」という言葉の謎が解けた。

 おそらく平静シリーズは「これを着て気持ちを平静に保て、さすれば絶大な魔力操作能力を与えよう」という啓示なのだろう。

 フフッ……なんて俺好みのスペシャルアイテムなんだ!!

 これまで、転生神のお姉さんのお導き……だったのかは分からないが、俺は常々お姉さんの素晴らしさとともに魔力操作の啓蒙活動に当たってきた。

 そこで魔力操作の素晴らしさに目覚めた者たちへ、この平静シリーズを公式トレーニングウェアとして広めてもいいのではないか!?


「ええと、もったいない……ですか?」

「そうです、私が思うに平静シリーズは魔力操作の訓練にうってつけのように感じるのです」

「う~ん、そういわれればそうかもしれませんが……ああ、そうでした、アレス殿は魔力操作を広くお勧めになっておられましたね」

「はい、そのとおりです……そこでひとつ確認したいのですが、ノーグデンド領において平静シリーズの重要度はさほど高くないと考えてよろしいですか?」

「はい、それはもちろん。先ほど訓練着として使っていると申しましたが、良くも悪くもさすが魔法防具というべきか……荒っぽく使ってもなかなか傷みませんので、大繁殖を間引くたびに余剰が増える一方です」


 よし、この様子なら、あまりにムチャなことをしない限り家同士の問題にもならないだろう。

 ソエラルタウト領からそこまで遠くないし、アレス付きの使用人たちに定期的に回収に向かわせるとしよう!

 ま、実戦経験を積むのにもいいだろうしな!!


「セーツェル殿……私は平静シリーズを求めてこれから部下をスライムダンジョンに定期的に送ろうと考えています」

「えぇっ!! あれをですか!?」

「はい、あれはそれだけのポテンシャルを秘めた物だという確信があります」

「そ、そうですか……?」

「そこで、改めてノーグデンド家のお屋敷へご挨拶に向かうつもりではありますが、セーツェル殿からもお伝えいただければ幸いです」


 一応、人んちの資源の宝庫だからね、定期的にアイテムを取りに行くなら挨拶ぐらいはしておいてもいいだろう。

 それに、ノーグデンド子爵夫人とまたおしゃべりできるかもしれないし。


「わ、分かりました……」

「よろしくお願いいたします」

「ああ、いえ! こちらこそ!!」


 こうしていつのまにか話が本筋からそれてしまった気がするが……ここらで話を戻さなきゃだな。

 そう思いつつ、心の中はウキウキだった。

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