第398話 どすこい

「ここが10階……まあ、普通の階層型って感じだな」

「そうですね、そして扉の向こうのボスを倒せば1階へ続く転移陣が出現することでしょう」

「街に残してきた妻と娘に……1週間ぶりに会える!」

「そう、もうすぐだよっ!」

「とはいえ、ボスを甘く見てはいけない」

「それはもちろんですわ! そのためにも、この扉の前の空間でしっかりと準備を整えましょう!!」


 というわけで、このスライムダンジョン10階のボス部屋も、ほかの階層型のダンジョンと同じように扉で仕切られていて、その前に覚悟と準備を整えるスペースが用意されている。

 そのため、それを見越して9階から10階へ続く階段では特にリフレッシュタイムを設けなかった。

 まあ、各自適当にグミぐらいはモグモグしていたけどね。

 そうして一息つけるタイミングで、改めて9階で新登場したドロップ品を確認する。


「……これは、ナタデココか?」

「はい、間違いないでしょう」

「俺はスィーツにあまり詳しくないのでよく分からないんだが……変わった食感だな?」

「ほう、ゲイントはナタデココが初めてか」


 まあ、興味がなければ知らなくてもおかしくないかもしれない。

 それにこの世界だとおそらく、貴族と平民でスィーツを食べる頻度にも差がありそうだし、なおさらだろう。

 それにしてもナタデココとはな……

 8階のタピオカといい、ここにきて前世日本におけるブーム縛りでもきたか?

 まあ、原作ゲームの制作陣が日本人だし、多分にそういう発想の影響は受けているのだろうなぁ。

 しかし、ナタデココがブームになった頃って、まだ俺は生まれてなかったんじゃないか?

 たぶん、俺の両親のほうが直撃世代だった気がするぞ。

 ただ、そうはいうものの、俺も別に食べたことがないわけじゃないけどね。

 たまぁ~に、母さんが気まぐれでスーパーで買ってきたこともあったからさ。

 そしてゲイントの反応と同じように、俺も初めて食べたときは変わった食感だと思ったな。

 だが、この噛み締めたときにじわぁ~っと染み出すシロップの味わいが不思議でありつつも、大変美味しいと感じたものだった。

 そう思うと、ホント懐かしいな。

 そんなことを思い出しながら、またひとつナタデココを噛み締める。


「ナタデココも美味しいし、このダンジョンにずっといたら太っちゃいそうだねっ?」

「ノムルさん、シィーッ! ですわ!!」

「まったく、ノムルは思ったままをすぐ口にする……」


 ……ん? もしかしたら、ヨリとサナは俺に気を使ったのか?

 まあ、学園で俺の意識が目覚めてダイエットを始めるまでは、太っちょアレス君だったからなぁ。

 ソエラルタウトの屋敷では「太る」とか「デブ」みたいなワードはタブーだったのかもしれん。

 ある程度は今の俺の人柄も使用人たちに周知されてきているとはいえ、やはりその辺に対する意識はノムルのような大雑把な性格の者を除けば、微妙に神経質とならざるを得んのかもしれん。

 よし、ここは俺のほうから「そういうネタもオッケーだよ」っていうサインを出してやるとするか!


「フッ、俺も今でこそダイエットに成功してここまでになったが、学園では『どすこい公子』と呼ばれるほどのわがままボディだったからな……太ることに関しては一家言あるぞ?」

「……確か『どすこい』っていうのは……焔の国の言葉だったかしら?」

「そうだったはず……あの国の武士とかいう、こっちでいうところの騎士みたいな存在の中で特に力に秀でた者が力士と呼ばれ、彼らが掛け声として使っていると聞いたことがある」

「へぇ、そうだったんだねぇ」

「アレス様の気遣いも知らないで、何が『へぇ、そうだったんだねぇ』ですか!」

「やっぱり、ノムルは大雑把に過ぎる」

「えぇ~、ひどいなぁ~」

「………………そもそも『どすこい公子』だなんて、呼ばれていなかったと思いますがね」


 やっぱり、焔の国に相撲もありそうだな……

 そして3人娘がワイワイとじゃれあっているあいだ、またしてもギドが小声でボソッとつぶやいていた。


「……えっと、冒険者の格好やアレスさんのフレンドリーさから今まで深く考えてこなかったけど、魔法のことも含めて、もしかしてお貴族様なのか……いや、ですか?」

「ん? まあそうだが、今はただの冒険者として活動しているつもりだし、その辺は気にせず今までどおり接してくれて構わない。それに、俺たちはスリングショット仲間だからな!」

「え、えっと……そうか、分かった」


 普段なら俺が貴族の子息だとすぐ気付いたかもしれんが、ゲイントはこの1週間、独りでダンジョン生活を送って神経をすり減らしていたわけだからな、多少判断力が鈍っていてもおかしくはあるまい。

 そして、やたらと畏まられてもやりづらいので、今までどおりの対応を求めておいた。


「ま、それはそれとしてボスについてだ……何か知っていることはあるか?」

「そうですね……情報によると、この街のスライムダンジョン10階のボス部屋では、多くの場合『ビッグスライム』が出るとのことです」

「ああ、俺も街でそう聞いた……そして、大繁殖による数の多さももちろんあったが、さすがに俺のスリングショットの威力でビッグスライムを倒す自信まではなかったから、8階にずっといたんだ」

「なるほど、基本的にはビッグスライムが出るわけか……あとはイレギュラーの有無といったところだな」


 通常のスライムは個体差もあるが、だいたい30センチぐらいのサイズで半透明な球体ボディ。

 それが地面に接することで、底面がべたぁ~っとしてドームみたいな半球状でモゾモゾ動くって感じだ。

 そして、ビッグスライムっていうのはそれのデッカイ版といえる。

 また、設定資料集の記述によると普通は1メートルぐらいなのだが、育ち具合によってサイズが5メートルに到達することもあるとかなんとか書かれていたはず。

 それから、原作ゲームではこっちのレベルにもよるが、それなりに倒すのに手間のかかる相手だった。

 だって、通常攻撃が効きづらいからね、必然的に魔法を使うことになり、まあまあ魔力を枯渇させられるんだ。

 そんなわけで、休憩もじゅうぶん取ったことだし、そろそろボス部屋に挑戦といきますかね。

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