第394話 なんとも遠大

「そういえば、スリングショットの弾としてその辺に落ちている石を使っているようだが、専用の弾はないのか?」

「いや、ないわけじゃない……そうだな、これを見てもらったほうが早いか……」


 そうしてゲイントが取り出したのは、直径15ミリ前後ぐらいの元はキレイな球形であったろう歪な鉄塊だった。


「スライムの酸にでもやられたか? ダンジョンのモンスターらしく討伐後に黒い霧となって消えるとはいえ多少のタイムラグがあるからな、強い酸を浴びてそのあいだにいくらか溶けてしまったとしても頷けるところだ」

「ああ、そのとおり。あとはスライムの核にインパクトした瞬間に傷ついてしまったり、貫通後にダンジョンの壁に当たって潰れたりなんかもしたな」


 光弾によって一瞬で貫いていたから気付かなかったが、スライムの核もそれなりに固いようだね。

 そして、ダンジョンの壁はさらに。

 まあ、場所にもよるだろうけど、簡単にダンジョンの壁が壊せたら逆にマズいというべきだろうか。

 それにしても、鉄球が潰れるだなんて……スライムのゴムで飛ばすと、それだけ威力が出せるということなんだな。


「なるほどね……スリングショットの弾も消耗品ということか」

「ああ、これでも使えないわけではないが、いくぶん脆くなっているからな……その辺に転がってる石のほうが意外と硬かったりするから代用しているんだ。それで、こっちの鉄球は一応回収しておいて、あとで武器屋で鋳直してもらおうかなと思っている……まあ、なんぼにもならんだろうから、新しい鉄球を買ったほうが早いだろうけどな」

「サラッと石で代用したなんていっているが、きちんと形のそろった鉄球とその辺の石では感覚が違うんじゃないのか?」

「もちろん、石ごとに弾道が微妙にブレるっていうのはある。だが、撃つ前に石を手に持った段階でそれを感覚的に補正できるようになるのが、俺たちスリングショッターの熟練の技といったところだろうか」

「うぉぉ、なんだそれ! カッコいいな!!」

「まあ、それだけ長いことスリングショットに慣れ親しんできたということさ」

「いいなぁ、なんかワクワクしてきたな! 俺もスリングショットをやってみたくなってきたぞ!!」

「……そんなこともあろうかと、ここに用意してございます」

「な、なんだと……ギド、お前、スゲェな……」


 というわけで、ギドがマジックバッグからスリングショットを取り出してきた。

 何が「そんなこともあろうかと」だよ……コイツのマジックバッグにはいったいどれだけのステキアイテムがそろっているというのだろうか……

 それを思うと、戦慄した。


「きぃ~っ! またギドさんが抜け駆けをいたしましたわ!!」

「なんなんだろう……あの用意周到さは……」

「これが筆頭たるゆえんというものか……悔しいが認めるしかない」


 なんか、3人娘も後ろでワナワナしちゃってるしさ……

 まあ、若干の驚きは残っているものの、いつまでもそのままでいるわけにもいくまい。

 平静な顔を取り戻し、ギドからスリングショットを受け取る。

 あ、これ地味に本体部分が魔鉄製じゃん!

 もしかして……俺のフウジュ君が魔鉄製なことも考慮している可能性があったり?

 そんなまさかと思いつつギドに視線を向けてみると、にこやかな表情を返してくるのみ。

 これがギド特有の性格によるものなら構わないが、魔族全体の傾向であるなら、大変なことになるぞ……

 というか、これぐらい上手く立ち回れる奴が選抜されて貴族家に入り込んでいると考えたら……なんて恐ろしいことを考えてしまった。

 でもまあ、俺が戦ったマヌケ族たちはもっと傲慢で適当な奴らだったし、大丈夫だよな……そうであることを願う。

 それに、王国としてもマヌケ族対策が始まってはきてるみたいだから、そう簡単にやられることもないだろう……と思いたい。

 ただ、今の世代は大丈夫だったとしても、次世代以降となると分からんからな……とりあえず、俺のささやかな取り組みとして、見知った人たちに魔力操作を勧めて、そこから魔力操作の輪を広げていってもらおうと思う。

 そうしていつの日か、全体の底上げが相成るというわけだ。

 くぅ~っ、なんとも遠大だねぇ……だが、ロマンはある。


「うん、いいスリングショットだ、それをスライムのゴムに付け替えたらいうことなしだ!」

「お、おう、そうだな」


 いかんいかん、つい思考を遠くに飛ばしてしまっていた。

 というわけで、ゲイントに教えてもらいながらゴムを付け替える。


「よし、それでバッチリだ! ようこそ、スリングショットの世界へ!!」

「お、おう、ありがとうな」


 あ、またゲイントのテンションが上がってきてる。

 よっぽどスリングショットが好きなんだなぁ。

 よっしゃ! そんなゲイントには、俺が魔力で生成した鉄球をプレゼントだ!!

 というわけで、見せてもらった実物と、今まで見たことのある球形の物をイメージの補完として思い描き、地属性の魔法で鉄球を生成する。

 地属性の魔法というのは、こういう部分で便利だね。

 そこで、「それなら貴金属とかも魔法で生成してはどうだろう?」なんて思われるかもしれないが、それをするには相応に要求される魔力量が高く、難易度も高いんだ。

 よって、ほかのことをして稼いだほうが早いぐらいで、金策としては微妙といえるかもしれない。

 その点、単なる鉄球ぐらいならそこまで難しくないので、こうやってほほいのほいっと作れてしまうってわけ。

 もちろん、これはアレス君の魔力量あってのものではあるだろうけどね。


「お、おおっ! こんなにたくさん鉄球が、凄い……」

「まあ、こんなもんかな……これぐらいの単なる鉄球なら、ゲイントも保有魔力量が増えていけばそのうち必要な量を作れるようになるだろうから、魔力操作を頑張るといい。そんなわけで今回は、ダンジョン脱出まで俺が鉄球を用意するから、好きなだけ使ってくれ」

「い、いいのかい?」

「ああ、スリングショットの世界を教えてくれた礼とでも思ってくれ」

「俺のほうこそ助けに来てもらって、礼をする立場だというのに……」

「ま、その辺は気にするな。さて、それじゃあ休憩も取り過ぎるほど取ったので、そろそろ10階に向けて出発するとしようか」


 こうして、セーフティーゾーンから離れるのだった。

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