第392話 そこでひと工夫
ヒナちゃんのお父さん、名前を「ゲイント」というそうだが、彼を無事に見つけることができて心理的な圧迫感が消え去った。
それにより、ブラブラして遊びながら帰るとまではいわないが、いくらか気分的にのんびりとしたゆとりがある。
ここに来るまでは、スライムを光弾で即殺しながら、かなり急ぎだったからね……
そんなわけで、ここからは効率重視ではなく、使用人たちも戦闘に参加しながらって感じで進むつもりだ。
ただその前に……緊張の糸が切れてしまったので、少し雑談を交えて気持ちの切り替えを図る。
「それにしてもダンジョンに入る前、ギルドの職員に引き止められたのだろう? 気持ちは分からなくもないが、スライムが大繁殖を起こすといわれているこのタイミングで、よく来る気になったものだな?」
「それはそうなんだが……具合の悪そうな妻を見ていると、いてもたってもいられなくてな……それにダンジョンに入ってみて、既に大繁殖を起こし始めているようなら諦めようかと思ったが、まだ数日ぐらいの猶予はありそうだったから、少しだけならって……」
「セーフティーゾーンがあったからよかったものの……なかなかムチャなことをする」
「確かにな……だが、ここに安全地帯があるっていう話は聞いたことがあったから、最悪そこに逃げ込めればっていう考えはあったんだ……そのことは一応ヒナにも話したつもりだったのだが……」
「そうはいっても相手はまだ子供だからな、完全に理解はできていなかったのだろう……それに心配こそしていたが、ゲイントが生きていること自体は信じて疑っていなかった様子だったし、部分的には理解していたのかもな」
「そうか……いわれてみれば、あのときの俺は焦っていたこともあって、説明が雑だったかも……いや、今こうやってアレスさんたちが来てくれたことで、ようやく冷静になれたといってもいいかもしれない……」
「まあ、街にいた連中の反応からして、このタイミングでスライムダンジョンに挑むのは正気の沙汰とは思えない行動だったみたいだしな」
「面目次第もない……」
「とはいえ、お前がそこまでしたいと思えるほど素晴らしい奥さんだということもできるのだろうな」
「ああ、それはもちろんだ! アイツは俺にとって最高の妻だからな!!」
「フッ、お熱いことで……」
「ハハッ、まあな! ……だが、そんなムチャをしでかしたにもかかわらず、手に入ったのは中級ポーションまで……肝心の上級ポーションは駄目だった……情けないよ、全く……ハハハ……ハァ……」
「その上級ポーションだが、余分に持っているから1つ譲ってもいいぞ? もちろん、対価も必要ない」
「なッ!? ……いや、気持ちはありがたいが、そこまでしてもうらわけにはいかない。それに、幸い中級ポーションは手に入ったんだ、これでしばらくはアイツの病気も治まるはず。そのあいだに領軍がダンジョンの間引きをしてくれるはずだし、そうすればまたスライムがドロップするポーションを狙えるはず……」
「そう……か」
そんな決意に満ちた顔のゲイントを見ていると、彼の男としてのプライドを傷付けることになってしまいそうで、それ以上の言葉を発するのは難しいように感じられた。
そこでふと思ったのだが、街の連中はスライムを脅威に感じているようなのに、ゲイントにそんな意識はさほどないように見受けられる。
先ほど魔力探知で感じ取ったところによると、ゲイントの保有魔力量は多少は多めかもしれないが、それでも一般的な平民の域を出ていない。
そのため、魔法によってスライム狩りをするなんてことは無理がある。
では、このゲイントの自信はどこからくるのだろう?
ちょうどいいので、話題をそちらのほうに向けてみるか。
「そういえば、ゲイントはスライムに苦手意識はないのか? 街にいた連中なんかはスライムダンジョンと聞いただけで尻込みしていたというのに……」
「ああ、普通の接近戦主体の冒険者ならそうかもな……だが、俺にはコイツがある」
そういって見せてきたのは、前世にもあったスリングショット。
そういえば小学生ぐらいの頃、親にたとえおもちゃでも危ないからって禁止されたんだよなぁ……
「俺はコイツで猟をして、文字通り妻子を食わせてやってるんだぜ? そんでもって、スライムの核もコイツでパァンと撃ち抜いてやるのさ!」
なんか、微妙にゲイントのテンションが上がってきてないか?
それはともかく、なるほどね……遠距離攻撃ができるのなら、スライムを比較的安全に狩ることもできるだろう。
同じように、弓とかクロスボウでも可能だろうね。
でも……おそらく矢などの費用や労力の割に儲けは少ないだろうから、やる奴は少ないだろうな。
というか、スライムの核を撃ち抜けるだけの技量があるなら、オークの脳天を一撃したほうが効率的だろうし。
「それにしても、スライムの核を撃ち抜けるとは、大した技量だな……ここはひとつ、実際に見せてもらえないか?」
「ああ、構わんよ!」
やっぱり、テンションが高いよな……まあいいや。
というわけで、ゲイントのスリングショットによるスライム狩りの実演。
「……よし、あのスライムがいいな」
そういって、ゲイントが狙うのはスッキリとした透明ボディのスライム。
何気に個体によって、色が多少違うんだよね。
そんなわけで、あれなら核が狙いやすそうだ。
「そして、よぉく狙いを定めて………………撃つ」
「……ピギャッ!!」
「イエスッ! ナイスヒットォ!!」
あ、やっぱヤベェ奴かもしれない……と思った瞬間、ゲイントは落ち着いた態度に戻り……
「こんな感じで狩るわけだが……さすがにスライムの核を一発で狙うには物凄く集中力が必要でな……特にこの辺ぐらいになってくると動きも微妙に捉えづらくなってきて一発ごとにかなり消耗するから、ドロップ品を回収したら即座に安全地帯に入るんだ」
「ほう……」
それもそのはずである。
ゲイントは狙いを定めている最中、眼に魔力を集中させていた……たぶん、無意識なんじゃないかな?
地味に感じるかもしれないが、これはなかなかの才能といえるね。
そして、スライムの核を撃ち抜くという技量の高さも、これで納得がいった。
「そんで、安全を確保したところでスライムのドロップ品を食べて回復って感じだな……これによってまだ保存食も残せているというわけだ」
「ふむ、なるほどね」
貴族家の人間、それも上位レベルだと正直、スライムのドロップ品による魔力回復量など高が知れているといっても過言ではない。
だが、平民のレベルならじゅうぶんといえるかもしれないね。
「こうして地道にスライムを狩りながら上級ポーションが出るまで待つという感じさ」
「素晴らしい技量だな……それと、スリングショットというのは使ったことがなかったのだが、なかなかの威力があるみたいだな」
「う~ん……いや、普通のスリングショットでスライムのボディを撃ち抜くのは難しいかもしれない、個体レベルが上がってくると特にな。そこでひと工夫いるわけだが……その秘密はこのゴムにある」
「ん? この袋に小さく書かれている『食べられません』という文字……もしかして、スライムのドロップ品か?」
「ご名答! このゴムこそがスリングショットの威力を高めてくれるのさ!!」
「へぇ、なるほどなぁ」
ウケ狙いのネタアイテムかと思っていたが、そういうことだったのか。
そう考えると、ダンジョンさんサイドも一応攻略させる気はあったということなのかもしれないな……たまたまの偶然な気がしないでもないけど。
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