第386話 願わくば

「うわぁ、ここでカッコつけマンの登場かぁ~」

「いるんだよなぁ、ああいう女の前で紳士ぶって、あとで痛い目を見る奴……」

「というか、見慣れないガキだし、スライムダンジョンのヤバさを知らねぇんじゃねぇか?」

「そうだろうな……知っていれば、安易に首を突っ込もうなどと思わんだろう」

「まあ、本当に知らないなら、調子に乗って挑んで涙目敗走確定ってわけだ! かっちょわりぃ~」

「……もしかしたら、スライムダンジョンってところだけ都合よく聞き逃してたんじゃないの?」

「あり得る! あのカッコつけマンがそれを聞いて、どんな言い訳を並べて逃げ出すか見ものだな!」

「ははは、そいつぁいいや!」

「いや~ん、恥ずかチィ~」

「ぎゃはははは!」


 店内で避けられまくってる少女に俺のほうから声をかけたのが気に食わなかったのか、一部の冒険者っぽい男たちからヤジが飛んでくる。

 まあ、なんというか俺の行動によって、彼らのちっちゃな自尊心みたいなものが傷付けられたように感じたのかもしれん。

 そんな中で、3人娘が顔を寄せ合ってヒソヒソと内緒話をしている……まあ、俺には聞こえてるんだけどね。


「アレス様に舐めた口を聞いたザコ共……生かしてはおけないよねぇ?」

「ええ、おっしゃるとおりですわ」

「……準備ならできてる」


 こんな感じでね、3人娘が殺気立っちゃってるんだよ。

 ノムルは「君」から「様」に戻ってるし、サナは物騒なことをいい始めてるしさ……

 でも、正直この程度の言葉、家では親父殿派が頻繁に囁き合っているのを耳にしていたし、学園でも聞き慣れているから、さほど気にはならないんだよね。


「待て待て、そんなことでいちいち頭にきていたら、やってられんぞ?」

「アレス……君」

「なんと心の広い……」

「ここは我慢のとき……か」


 とりあえず、3人娘はこれで収まってくれたかな? そうであることを願う。

 ……あ、ギドはギドで、眼だけ笑ってないスマイルを浮かべているじゃないか……頼むから、そのまま抑えてくれよ?

 そんな気持ちを込めてアイコンタクトは送っておく。

 そういえば、異世界転生の先輩諸兄もこういった場面で、本人より仲間たちがキレてるっていうシーンが割とあったよな……そう考えると、先輩たちも抑えるのに苦労したんだろうなぁ。

 なんてことを思いつつ、腹内アレス君はスライムがドロップする「グミ」という単語に反応しかけていたが、俺の気苦労を察してか黙っててくれている。

 ……まあ、とんかつをガツガツ食べて割と満腹気味だったからかもしれないけどさ。


「あの……えっと……」

「ああ、周囲のことは気にしないで話してくれないか?」

「はい! ありがとうございます!!」

「いや、礼をいうのはまだ早いかな、それでどうしたんだい?」

「あのですね……私のお父さんがスライムダンジョンに行ってから1週間帰ってないんです……それで、お父さんに何かあって帰ってこれなくなってるんじゃないかって思って……だからお願いします、お父さんを助けてください!」

「1週間か……」


 絶望的な気がしなくもないが……

 まれにダンジョンさんサイドが用意してくれているセーフティーゾーンに辿り着けていれば、なんとかなっているかもしれないといったところだろうか……


「でも、なんでまたスライムダンジョンなんかに? 危険だってことは知っていたんだよね?」

「それは……お母さんが病気で……中級までのポーションはなんとか手に入って試してみたんですけど、完全には治りきらなくて……それより高価なポーションを買うお金なんかうちにはなくて……それで、スライムがドロップするポーションに望みを託したんです……」

「……スライムのドロップか……なるほどね」


 この少女の魔力の様子から、おそらく父親の魔力量はさほど多くない……要するに魔法を有効に使えないということだ。


「正直なことをいえば、厳しいといわざるを得ない……」

「……うぅ、そんなぁ」

「ほらきた!」

「『正直なことをいえば、厳しいといわざるを得ない……』キリッ! だってよぉ~!」

「もう泣き入ってんじゃん、だっせぇ~!」

「あ~あ、調子に乗ってしゃしゃり出てくるから……」


 また3人娘から殺気が出そうなところを手で制する。


「……だが、行くだけ行ってみよう」

「……えっ! ほ、本当ですか!?」

「ああ、もちろんだ」


 その一瞬、店内が静まり返るが……今まで傍観者を決め込んでいたオッサンたちが一斉に声を上げた。


「おい、ボウズ! つまんねぇ意地を張るのはやめとけって!!」

「もう1週間だろ? お嬢ちゃんには悪いが、手遅れだよ!」

「そんなことありません! お父さんは絶対に生きてます!!」

「そうはいってもなぁ……今は最悪のタイミングだってこと、嬢ちゃんにだって分かるだろ?」

「そんなこと分かりません! お父さんは帰って来るって約束してくれました!!」


 ん? オッサンが意味ありげなことを言い出したぞ?


「……その最悪のタイミングっていうのは、どういうことだ?」

「もともとあのダンジョンはうまみが少ないことから冒険者があんまり寄り付かなくてな……それで討伐されずに残ったスライムが増殖を続け、あるタイミングで大繁殖を起こすんだ……そんで、今がそのときってわけだ」

「今頃、ダンジョン内はスライムでびっしりだろうな……」

「たぶん、そろそろ領軍がダンジョン内のスライムを駆逐してくれるはずだ! 親父さんだって生きてるなら領軍が見つけてくれるだろうよ! だから、お前さんが無理をする必要はねぇんだって!!」

「ほう、大繁殖か……それはいいことを聞いた、なおさら行かねばならんな!」

「な、何いってんだこのガキ……」

「まさか、現実が見えてねぇんじゃねぇのか?」

「ああ、俺は魔法が使えるからな、スライムなど大した脅威でもないんだ」

「魔法が使えるったって……あの数には無謀だよ!」

「俺はそういって帰ってこなかった奴を何人も見てきたんだ! これは脅しでいってんじゃねぇぞ!!」

「お前さんはまだ若いんだ、こんなところで命を張ることなんかねぇって!」

「あのバカ共がいったことを気にしてるんだったら、もういいって! オメェはじゅうぶん根性者だよ!!」


 なんかオッサンたち、ビビり過ぎじゃね?


「ギドよ、ここのスライムダンジョンっていうのは、大繁殖とやらも含めてそんなに難易度が高いのか?」

「そうですね、低くはないのでしょうけれど……アレス様なら問題ないかと」

「だよな……アンタらの親切心からくる忠告には礼をいうが、心配には及ばない! ……君のお父さんを必ず見つけてくるとは約束できないが、全力を尽くすことだけは約束するよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「あ~あ、ありゃダメだわ……」

「たぶん、英雄物語の読み過ぎだね」

「……いや、あの妙な迫力……これはひょっとするかもしれんぞ?」

「そうだな、あのボウズなら、無事に帰って来そうな気がしてきた!」

「よっしゃ、俺はあのガキに賭けるぜ!」

「じゃあ、オレも!」


 ちょっとダンジョンに寄ってくかなってノリだったのに、なんだか大事になってしまったな……

 そして、少女の父親を見つけられるといいんだが……願わくばセーフティーゾーンにいてくれることを祈るのみだ。

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