第372話 何にも染まらない男

「トディ、違うだろ……おめぇはそういう奴じゃねぇ、あんなつまんねぇお遊びでキャッキャするようなダセェ男じゃねぇはずだっ!」


 ……酔っ払い君ことズクードのこの必死さはなんなんだ?

 犯罪行為とかでもない限り、トディがどんな趣味を持とうと関係ないだろうに……


「いや、違わないよ……オレはこういう奴なんだ……ただ、今までは熱中するものがなく、なんとなくフラフラしてただけなんだよ」

「違う! おめぇはフラフラしてたんじゃねぇ、周りのつまんねぇものに染まらなかっただけだ! おめぇは何にも染まらない、染められない男なんだ! そうじゃなきゃなんねぇっ!! なぁっ! 目ぇ覚ましてくれよ!! 今までみたいなクールなトディに戻ってくれよぉ!!」


 ふむ……「何にも染まらない男」という響きは、確かにクールな感じがするな。

 そして俺も前世の陰キャ時代、周りが流行の話とかをしているのを見聞きしたとき「流行に流されているだけのクセに……」なんて斜に構えたことを考えていたこともあった。

 そういう観点からなら、ズクードのいいたいことも分からんでもないかもしれない。


「ズクードがそんなふうにオレのこれまでの在り方を肯定してくれるのはありがたいことだとは思う……でも、もう見つけちゃったんだ……見つけてしまったからには戻れないし、戻りたくない」

「そんなのぁ駄目だ! クソッ! なんなんだよおめぇは! 返せよ! 本物のトディを返してくれよぉっ!!」


 そうしてトディに縋りついてすすり泣くズクード。


「ごめん……ズクード……」

「………………俺を…………置いていかないで……くれよぉ」


 小さく、か細い声でズクードがそう呟いたのが聞こえた。

 その言葉でやっと分かった、なぜこの男がこんなにまで必死にトディを引き止めていたのかを。


「……ズクードといったか、お前もトディと似たような悩みを抱えていたのだな?」

「……ッ!? 知らねぇよぉっ!! ……俺ぁ、その辺のチャラチャラした奴らとは違うんだ……俺ぁ、つまんねぇことに熱を吹くようなダセェ奴じゃねぇんだ……」

「ズクード……痩せ我慢は、もういいっしょ」

「そうだよ、似た者同士の俺たちだから分かるけどさ……豪快なフリして、ずっと無理してたんでしょ?」

「そ、そんなことねぇ……」

「……酒だって、本当はあんまり好きじゃないっしょ?」

「酔うことで、心の飢えを忘れたつもりになってただけってことは気付いてたよ……まあ、気付いてても同じように空っぽな俺たちにはどうすることもできなかったけどさ……」


 前世でゲームに熱中し過ぎて肉体の限界を超えてしまった俺には、彼らの悩みを本質的に理解するのは無理かもしれない。

 なんてカッコつけてみたけど、俺の場合は単なるバカだっただけともいえるかな……

 それはともかくとして、自分が本当にやりたいことを見つけられた人というのはどれだけいるのだろうか?

 意外と少ないのかもしれない……そんな気もしてしまう。

 それはいつか見つかるものなのか?

 必死に探しても、見つけられずに一生を終える可能性もあるのかもしれない……

 いや、それは絶対に見つけなければならないものなのか?

 それは分からないが、探すことそれ自体に熱中することもあるかもしれないよな……

 彼らの姿を見ていると、そんな自問自答があれこれ浮かんでくる。

 まあ、なんにせよ……


「トディはやりたいことを見つけた、まずはそれを祝ってやろうぜ? それで、暇ならお前らも一緒にやってみたらいいじゃないか、もしかしたらやっているうちに面白くなるかもしれないぞ? それに、兄上はこれから文化方面に力を入れていくつもりらしいからな! たまたま今回はウインタースポーツから着手することになったが、これからどんどんいろんなことが始まっていくはずだ! その中から何か熱中できることがみつかるかもしれない! それを楽しみにしつつ、探してみようぜ!!」


 トディたちにやりたいことがなかったのは、もしかしたらソエラルタウト領の文化力のなさが原因だったのかもしれないと、今さらながらに思った。

 なるほど、兄上は領民のそういう心の飢餓感を理解していたのかもしれないな。

 そう考えるとやはり、兄上こそがこの地の領主にふさわしい、そう思わずにはいられないね。


「……兄上? いや、待てよ……今までなぜかスルーしてたけど、アレスってソエラルタウト家の次男の名前だった……よな? ………………あッ!! す、すみませんですた!! オレ、気付かずに今まで失礼な態度をとってしまってましたです!!」


 そういって、トディがすかさずかしこまりだした。

 また、一瞬理解が遅れつつも、トディにつられるような形で、ズクードたち3人もかしこまりだす……ついでに、近くにいた客たちも。

 あちゃ~俺の役作りが中途半端だったせいで、簡単にボロが出てしまった……


「……顔を上げてくれ、今は冒険者のアレスだ。そしてこれからも、冒険者のアレスとして接してくれればいい」

「そ、それは恐れ多いですます……」

「……まあ、急にっていうのは難しいかもしれないし、追々とでいいよ……といいつつ、もうちょっとしたら、また学園に行くんだけどな」

「えっ? あっ、そ、そうなのか、です?」

「落ち着け、言葉遣いがグチャグチャになっているぞ? 俺が貴族として動いている公式な場以外では、今までどおりのアレスで大丈夫さ」

「わ、分かった」

「アレス様……」

「お前たちも、普通に冒険者のアレスでいいぞ?」

「……いろいろと、すんません」

「いいって、気にすんな」


 ああ、やっちまった……

 一応ここにいる人たちには、冒険者のアレスとして接してくれるように頼んでおいたが、それでもやっぱりウワサは広まっちゃうだろうなぁ……

 とりあえず「ソエラルタウト家の次男がお忍びで遊びに来るゲレンデ」なんてキャッチコピーを考えてみたが……俺の悪評を知っている奴にはマイナスかもしれんね……あはは、はは……はぁ。

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