第362話 オレにできるかな?

 ソエラルタウト領は冬でもそんなに雪が多くない。

 よって、スキーやスノーボードをやる機会というのもほぼないといえるだろう。

 そして、ソエラルタウト領から一度も出ることなく生涯を終える人間も多いと思われる。

 その場合だと、そもそもそれらを知らないって可能性すらあり得る。

 そこで、俺に視線を向けてきた奴はまだ若い冒険者って感じなので、もしかしたらスノーボードが珍しくて気になったのかもしれない。


「……格好からして、冒険者か?」

「そ、そうさ……オレはトディ、Fランク冒険者のトディっていうんだ」

「ほう、俺も同じく冒険者のアレックス、Dランクだ……仲間からは短くアレスと呼ばれたりしているな」

「えぇっ!? Dランク!!」

「ありがたいことに、生まれつき魔力に恵まれてな」

「へ、へぇ……それはスゴい……」


 やっぱりさ、世を忍ぶ仮の姿ネタをやってみたかったんだ……

 ただ、偽名が本名とかけ離れすぎてたら、自分のことだと気付かないかもっていう心配があったので「アレックス」……略して「アレス」ってことにした。

 フッ……「そのまんまじゃねぇか!」っていうツッコミが聞こえてきそうだね。

 実際その話をしたとき、ギドに苦笑いをされたし……

 でもさ、ここは異世界なんだよ?

 だからさ、バレバレなのに気付かれないっていう異世界……もっといえば創作あるあるを信じたいって俺は思うんだ!

 そんなわけで、きっと誰もアレックス君の正体がソエラルタウト家の次男だなんて気付かないハズさ!!

 その証拠に、トディも俺の正体に気付いてないっぽいからね。

 まあ、冒険者としては、どうしてもランクに意識が向くだろうから、その影響もあったと思うけどさ。

 それと実は、名前にプラスして仮面なんかも被ってみようかなって考えたりもしたんだ。

 でもさ、これまたギドが「う~ん……むしろ詮索しろといっているように感じてしまいますね」とかいうんだよ。

 まあね、魔族的発想だと闇属性の魔法……例えば認識阻害の魔法でいいじゃんってなるのかもしれない。

 そもそも人間族に擬態してるのも、そういった闇属性の応用なんだろうし。

 というわけで今回は、仮面を不採用としたってワケ。

 でもまあ、そのうち仮面を採用する機会だってあるかもしれない……そのときまでこのネタは暖めておこうと思う。


「それで……もしかしてスノーボードに興味でも持ったか? ソエラルタウト領では珍しかっただろうからな」

「うん……何をしてるんだろうって、気になって見てたんだ」


 やっぱりね……それに、ほかのスキーヤーやスノーボーダーたちは普通にスイスイ雪の斜面を滑っている。

 そんな中で俺だけは何もないところでバタンバタン飛び跳ねる練習をしてたんだ、不思議に思っても無理はあるまい。

 ああ、ちなみに一緒に来た使用人たちは、ギド先生によるスノーボード教室の真っ最中だ。

 何気にギドも始めたのは俺と同じタイミングだったのだが、今では人に教えられるぐらいに上達しているんだよ。

 そして、今日一緒に来た使用人たちは初心者だったからね。

 それはともかくとして、話をトディに戻そう。


「気になるんだったら、やってみたらどうだ?」

「えぇっと……オレにできるかな? それに、道具も持ってないし……」

「道具? ああ、そうか……それならこっちだ、付いてこい」

「えっ? あ、うん……」


 というわけで、道具一式を扱っている支店長のところへ案内することにした。

 まあ、こういうのはやってみないことには分からないだろうしな。

 それに、こうやって少しでも興味を持った奴にプレーヤーになってもらうのは、この街の発展のためにも大事なことだろう。


「支店長~客を連れてきたぞ?」

「おお、これはこれは、ありがとうございます」

「えっ! 客って、もしかしてオレのこと? でも、スノーボードって高いんじゃ……」

「初めての方でしたら、まずはレンタルでお試しいただくのがよろしいかと……それに今はオープン記念ということで、初回は無料でご利用いただけます」

「ウェアとかも初回は無料なんだろ?」

「ええ、もちろんです」

「というわけだ、まずは体験してみて気に入ったら道具をそろえればいい」

「そ、そうか……それなら……」


 俺ってば、なんだか店の回し者みたくなってる気がするが……まあいいか。

 というか、俺はウインタースポーツを流行らせたいソエラルタウト家の人間だからな、そういった意味ではもともと回し者といえるだろう。

 そうして支店長にいろいろアドバイスを受けながら板を選んだり、ウェアに着替えたりしたトディ。


「これが……スノーボードかぁ……」

「よくお似合いですよ」

「よっしゃ、準備ができたならさっそく始めるぞ!」

「お、おぉっ!」

「お気を付けて、いってらっしゃいませ」


 流れでそのまま、基本的な滑り方も教えることにした。

 といっても、俺に教えてくれたイケメンの指導をそのままトレースするだけって感じになりそうだけどね。

 まあ、俺なりに基礎の大事さは理解しているつもりだから、その辺はじっくりと教え込むつもりだ。

 こうして、夕方までトコトン滑りづくしの時間を過ごしたのだった。

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