第339話 同じこと

 俺がこの世界に転生してきた当初は……確か、俺の精神と原作アレス君の精神が混ざり合って、ひとつになっていた……のだと思う。

 そこでただ、俺の成分が強めに出ていただけ、そんなふうに思っていた。

 そして、異常なまでの空腹感に対してノリというかネタというか、とにかくそんな感じで「腹内アレス君」って呼んで擬人化していた。

 そうして、そのときの気分で適当に空腹を訴える腹内アレス君のセリフを考えたりしているうちに、それが段々自動的に思い浮かぶようにもなっていた。

 加えて俺は、俺という転生アレスと原作アレス君を別個の存在のように考えていた部分もあった気がする。

 たぶん、これらがきっかけだったのだろう……

 そして、ソエラルタウト家の屋敷に帰ってきて……義母上の存在、これが決定打になったんじゃないかと思う。

 義母上による出迎えのとき、もっというなら義母上との抱擁のとき……あのとき確かに、原作アレス君のものであろう精神というか感情みたいなものを感じていた。

 それから、義母上に俺の存在を見抜かれたとき、あのときも明らかに原作アレス君が表に出ていた。

 さらにいえば、義母上が「私は何もできなかった……情けない義母でごめんなさい」と謝罪を口にしたときの返答は、完全に原作アレス君の言葉だった。

 そういった片鱗の数々は今までにもあった。

 だからこそ今回、原作アレス君に体の主導権が戻ったこともそんなに驚いてはいない。

 ただ、今までこの異世界を楽しんできて、割と好き勝手に行動できていたのが、この先できなくなるのかと思うと、それは切ない。

 でも、覚悟はしておかなきゃいけないかもしれないな……よし。


『原作アレス君、今まで体を使わせてくれてありがとう……君が返せというなら、いつでも返すからね』


 ……あれ? 返事がない。


『お~い! 聞こえてないの?』


 おかしいなぁ……


『ねぇ~! 原作アレス君ってばぁ~!!』

『うるさい! 俺は眠たいんだ! 使いたいなら勝手に使え! くだらんことでゴチャゴチャ話しかけてくるなッ!!』

『えっと……なんか、ゴメンね?』

『……』


 その一言だけで以降、原作アレス君は返事をしてくれなかった。

 ま、まあ、原作アレス君的には俺の異世界冒険譚でオッケーらしいので、このまま続行させてもらうとしよう。

 原作アレス君……本当に、ありがとう。


「坊ちゃま……急に黙り込んでどうされました?」

「いや、どうもしていない……あと、坊ちゃまはやめような?」

「おっと、そうでしたね……それで何やら、難しい顔や切なそうな顔、そして冷や汗をかいたりして……なかなか面白いことになっていましたが?」

「そ、そうか……だが、なんでもない……気にするな」

「……かしこまりました」


 そうだった、原作アレス君の登場に思わず意識がそちらに向いてしまったが、ギドのことがまだ完全に解決したわけではなかった……

 そして、原作アレス君の記憶を改めて辿ってみるが、道を誤るようにギドに誘導されたことがない……妙だな。


「……ギドよ、貴族の家に紛れ込んだ魔族というのは、才能ある子供に思考誘導の魔法をかけたり、言葉巧みにそそのかしたりして、最終的に追放されるように仕向けるのが基本だと思っていたが、お前にそうされた記憶が一切ない……それどころか、正道を歩くように諭されていた気さえするのだが……それはなぜだ?」

「……ああ、それは簡単なことですよ。ソレス様やソレス様派の方々……あなたの心を傷つける存在はソエラルタウト家の屋敷に山ほどいましたからね、その中で魔族と気付かれるリスクを冒してまであなたや周りの方々を誘導する必要がなかった。そのため私は、上役への定時連絡をするだけで、あとはあなたに誠心誠意仕えるフリだけをしていればよかったのです……そう、私はあなたに仕えるフリをしていたのですよ」

「そうか、フリか……その割に、俺の記憶にいるお前からは本気の熱意が感じられるのだがな? ……もういいだろう、そう悪ぶるのはそれぐらいにしておけ」


 ついでにいえば、悪ぶるのは悪役である俺の特権みたいなところもあるしな!


「……フフ、そうですね……もう気付かれているのでしたら、これ以上隠しても仕方ない……いや、最初は本当にフリだけだったんですけどね……でも、使用人の方々がアレス様付きになった途端、将来に絶望してやる気を失うか、早々に配置換えを願い出て次々に変わっていくなか、私だけが長く続いた……まあ、目的が違ったのですから当然ですが……そんななかで、いくらワガママをいったり、イタズラをしても逃げ出さない私にあなたは徐々に心を開いていってくれた……そうして、あなたからの信頼が増すたびに、私もあなたを『憎めない方だ』と思うようになっていった……といいつつ、そのぶんあなたからのワガママやイタズラも強まっていきましたけどね……それはともかくとして、あなたのそばにいるうちに、こんな日々も悪くないと思うようになり、気付けばあなたを大切に思うようになっていた……」

「じゃあ、朝の言葉も単なるお世辞ではなく、本音だったというわけか……」

「ええ、もちろんですよ」


 そういえば今になって思い出したが、原作ゲームでも魔王復活のために原作アレス君が命を落としたあとにソエラルタウト領で遭遇したザコ敵の中に、倒したときのセリフとして「アレス坊ちゃま……今、おそばに参ります……」とかいって死んだ魔族がいた。

 そのときは「お前らが仕組んどいて、白々しいことをいう奴もいたもんだ」なんて思った気がするが、もしかしたらそれはギドだったのかもしれないな……


「ですが……私の想いは魔族への裏切り行為になりますからね……今はまだ、あからさまな敵対行動をとっていないためか、私の魔力操作で自滅魔法の発動を抑えられてはいますが……それもいつまでもつかといったところ……ですから、先ほどの一撃で死んでいても同じことだったのですよ……」

「ああ……だからあのとき、防御を解いたというわけか……」

「はい……自滅魔法なんかで死ぬよりは、あなたの手に掛かってと思ってしまいました……誠に身勝手で申し訳ありません……」


 ふむ、その自滅魔法をどうにかしないと、ギドを本当に救うことはできないというわけだな……さて……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る