第334話 言葉とは難しいものですね

 風呂上りに、使用人が淹れてくれたアイスミルクコーヒーで兄上と乾杯。

 今回の訓練と風呂によって、さらに兄上との仲が深まったような気がする。

 それはきっと、兄上も同じように思ってくれているのではないだろうか。


「やっぱり、風呂上りにはアイスミルクコーヒーだね」

「はい、兄上のおっしゃるとおりです!」

「あはは、これもソエラルタウト家男子の遺伝かな? ………………父上もほかの要素は抜きにして、アレス自身をもっと見てあげられたらいいのに」


 なんだってぇ!?

 するってぇと……原作アレス君がアイスミルクコーヒーを飲んでいたことにも、何やら切ない理由があったのか!?

 とはいえ、それについては特に記憶もないから、俺が過剰に意識し過ぎなのかもしれないけどさ。

 そして兄上の呟き……小声ではあったが、バッチリ聞こえてしまった。

 しかしながら……父子の和解という兄上の願いは、厳しいかもしれんね。

 まあ、直接の被害を受けていない前世感覚を持った俺なら、クソ親父のことを「しょうのないオッサンだな」って苦笑気味に受け入れることはできるかもしれん。

 だが、原作アレス君はそうはいかんだろうし、クソ親父だって今さらアレスに愛情を持てるわけもあるまい。

 とりあえず、この辺のことについては成り行き任せって感じかな。

 てなわけで、こうして兄上とゆったりとした風呂上がりの時間を過ごしたのだった。


「それじゃあ、また明日ね」

「それでは兄上、義姉上とよろしく」

「えっと、アレス……そこは『と』じゃなくて『に』だよね……?」

「はて……私はどうにもまだ、所々で微妙な言い間違いをしてしまうようで……まったく、言葉とは難しいものですね」

「……う、うん……気を付けるんだよ?」

「はい」


 兄上の狼狽した姿は、なかなかにかわいらしいものだった。

 フフッ……末永くお幸せに。

 こんなふうに今日は義母上と兄上、2人とたくさん楽しいおしゃべりができて、実に充実した1日だったね。

 そんな素敵な時間もここまでとして……ここからはマヌケ族探しに移るとしよう。

 そうして自室に戻り、偽装工作を施してからバルコニーへ出る。

 ……ああ、俺が夜に出歩いていることをギドも気付いてるんだったな。

 そう思いながら魔力探知で周囲を探ると……いた。

 隣のアレス付き使用人控室のバルコニーだ。

 ギドの奴め、隠形の魔法がなかなか上手だな……俺でなければ気付かなかったかもしれんぞ?


「おやおや、見つかってしまいましたか……アレス様の目障りとならぬよう、必死に隠れていたつもりなんですけどね」

「いやいや、いると分かっていたしな……それに、コソコソとついて来られるぐらいなら、一緒のほうがマシだ」

「かしこまりました、お供させていただきます」

「まあ、面白いもんではないけどな」

「いえ、アレス様のおそばは、いつだって楽しいですよ」

「……そうか」


 ……マヌケ族が見つかって戦闘となった場合、しっかりとギドのことも守ってやらねばならんな。

 というわけで、ギドに魔纏を施す。

 ただ、貴族の家に潜入しているマヌケ族はおそらく末端で、そこまで強くないとは思うけどね。


「本来なら私がアレス様をお守りする立場ですのに、防御魔法をかけていただいて……誠に恐れ入ります」

「いや、これは俺自身を安心させるためのものだ」

「はい、そのように承知しておきます」

「……ああ」


 ギドの「主人の不器用な優しさを私は理解していますよ」っていう顔……なんとなく気恥ずかしさから一発小突いといたほうがいいかなって思わなくもなかったが、スルーしておいた。


「ですが……あまりにも危険なことを始めるようでしたら、アレス様に嫌われることを覚悟でお止めいたしますので、そのつもりでいてください」

「危険……か、俺の感覚としてはたいしたことではないと思うんだが……お前にとってはどうだろうな?」

「アレス様のお力がとてつもなく秀でていることは承知しておりますが、それはそれ……あくまでも私の判断でお止めします」

「……そうか、まあ気を付けるとしよう」

「そうされてください」


 といいつつ、実際にマヌケ族との戦闘に入ってしまえば、止めるも何もないとは思うけどね。

 いや、もしかしたら……ギドのジャッジではマヌケ族の下っ端っていうのは危険じゃないから、こうやってマヌケ族探しも止められていないのかもしれない。

 ま、どちらにせよ、今は探すだけ、あとのことはそのとき考えよう。

 そうして、日中にチェックしておいたクソ親父派のうち、近くをうろついている奴のもとへ向かう。


「ねぇ、あの方の専属使用人はもう辞めなってば! 早く配置換えを願い出たほうがいいって、絶対!!」

「ううん、私は今のままでいいの」


 ふむ、あれはクソ親父派の小娘とアレス付きの女子だな……


「あの方がソエラルタウト家を継げるわけないって、アンタも分かってんでしょ?」

「うん、そうだね……正確には継がないだと思うけど」

「言葉で変な痩せ我慢をしても無駄よ! それに、今さらながらにリューネ様やセス様に取り入りだしたけど……そんなことをしたってソレス様の意向が変わるわけもないし、むしろ悪化するかもしれない、なんの意味もないことなんだよ?」

「アレス様には、取り入るとかそういうつもりはないと思うけどなぁ」

「甘い! 甘過ぎる!! どうせリューネ様たちに上手いこと執り成してもらって、領内のいいポジションに付けてもらおうって魂胆よ!」

「そうかなぁ? そんなことないんじゃないかなぁ」

「そうよ! それに、アンタも昨日見たでしょ? 同年代には目もくれず、一回り以上も年上ばっかりに愛想を振りまいちゃってさ……あれはきっと、マザコンよ! きぃっ! 恥を知りなさい! って感じよ!!」

「それはいっちゃダメだよ!」

「……何よ! アタシはアンタのことを心配していってんのよ!? あの方の専属なんかやってても将来なんてないんだからね!! それよりさっさとフリーになって、やがて生まれてくるであろうセス様のお子様専属になることを考えたほうが絶対身のためよ!」

「……別に、私はそういう誰に付くのが得かみたいなことはどうでもいいの」

「……ッ! 何よカッコ付けちゃって!!」

「カッコなんか付けてないよ……アレス様の面白さっていうのかな、あなたもそばにいたら、きっと分かると思うんだけどなぁ……」

「イヤよ! あんな年増好き!!」

「……主従の関係と恋愛は別物だと思うけどなぁ」

「フン! いいわよ、アンタはそうやって気取っていればいいわ! もう知らないッ!!」

「あっ……行っちゃった……」


 う~ん、あのクソ親父派の小娘もなかなか頑張ってたみたいだけど……

 あれでマヌケ族っていうのは無理があるかな?

 全然誘導できてなかったし……


「アレス様……あの小娘には私から分からせておく必要がありそうです」

「えぇ……そんなことせんでいいよ……」

「そう……ですか……?」

「ああ……次だ、次!」

「……かしこまりました」


 その不服そうな顔をヤメロ。

 それにギドに任せたら、明日にでもガンギマリの目をした小娘が俺の周りをうろつきそうだしな……

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