第331話 ないわけではないんですけどね

 義母上とのお茶を終え、自室に戻って夕食の時間までしばしくつろぐ。

 そして、話しているあいだは気付かなかったが、思ったより時間が過ぎていたようだ。

 まあ、話の内容が原作ゲームでほとんど語られていなかった部分で興味深かったというのもある。

 また、原作アレス君の……いや、今となっては俺のともいえるアレスのルーツに関わる話なわけだからな、なかなかに重要度の高い話だったと思う。

 それに何より、関係上は義母とはいえ、俺の感覚的にはリューネというお姉さんといっぱいおしゃべりができた! っていう嬉しさもあったからさ! 時間を忘れるのも当然だよね!!

 ……って、コレが義母上に俺の存在がバレた原因なんだよな。

 とはいえ、異世界転生の先輩諸兄も、両親とか近しい人にそういった転生者的なものを勘付かれるって展開が結構あった気もする。

 そういった意味ではコレも、異世界あるあるだったといってもいいかもしれないよね!

 しっかし……あとはもう、俺の存在に気付く人はいないよな?

 義母上が俺の存在に気付くことができたのも、もともとは母上ガチ勢で原作アレス君に注目してたからっていう部分も大きいハズ。

 それでほかの人だと、物理的な接点の少なさだったり、基本的に原作アレス君のことをそこまで真剣に見ていなかったりで、アレスという人間の変化に気付くことはないハズ……特に、無視を決め込んでたクソ親父なんかは気付くわけもあるまい!

 そんなことを思いながら、ギドの淹れてくれたアイスミルクコーヒーを飲んでいたのだが……待てよ、ギドはどうなんだ?

 コイツはアレス付きになってかなり長いはずだよな……?


「……どうかされましたか?」


 なんとなくギドのほうに視線を向けていたら、声をかけられてしまった。


「フッ……俺のこの体型の変化、なかなか凄かろう? ここまでくるのに苦労したのだぞ? おかげで味覚も、このアイスミルクコーヒーのように甘さ控えめだ!」

「……私が何度申し上げてもアレス様はお聞き届けいただけなかったのに、学園に入学されてからはそれを改められた……それだけエリナ女史の指導力は凄いのだと感服するばかりでしたね」

「ほう? お前にもエリナ先生の素晴らしさが分かるか! うむ、お前もなかなか良いセンスをしているな!!」

「恐れ入ります」


 ギドもなかなか話が分かるじゃないの!

 いいねぇ、基本的に俺は同担拒否志向ではあるが、かといってエリナ先生の素晴らしさを理解する奴には寛容でいるつもりではある……もちろん、エリナ先生に迷惑をかけない奴であることが大前提ではあるが。

 その辺、ギドの姿勢は悪くないといえるだろう。

 ……おっと、エリナ先生の名前が出たことで、思わずそちらに意識が向いてしまったな。

 でもま、とりあえずギドも、俺の変化はエリナ先生によるものと考えているっぽいね。

 ……いや、もしかしたら気付いてはいるが、あえて黙っているということも考えられなくはないけどさ。

 まあね、そういう微妙なバランス感覚に秀でているからこそ、こうしてアレス付きの筆頭という地位にまで上り詰めたのかもしれない。

 というか仮に、一使用人が「アレスはアレスに非ず!」とか騒ぎ立てたとしても、「コイツ……乱心でもしたか?」ってなるだけな気もするし、そこまで気にすることでもないか。


「……そういえば、お前は俺が義母上とどんな話をしていたのか気にならないのか?」


 今回の義母上とのお茶は認識阻害の魔法を展開していて、いわば密室でおこなわれたみたいになっていた。

 そこでふと、使用人としては話の内容が気にならなかったのかなって思ったんだ。


「そうですね、気にならないといえばウソになってしまうのでしょうが……私が知る必要のあることでしたら、アレス様はお話しくださるのでしょう?」

「お、おう……そうだな」


 ……なるほど、この前に出過ぎない感じが長年アレス付きの使用人を続け、最終的に筆頭とまでなれた秘訣なのかもしれん。


「まあ、義母上たちの学生時代の話や……俺がソエラルタウト家を継ぐ気がないことを義母上に理解してもらったのさ」

「そうでしたか……リューネ様たちの学生時代の話はひとまず置いておくとして……我々アレス様付きの使用人の多くは、アレス様のお気持ちを察しておりましたが、一部の者は『次期侯爵はアレス様!』と期待を寄せていたのも事実……きっと彼らは残念がることでしょう」

「そうか……でもまあ、悪いがそ奴らの期待に応えることはできん」

「いえ、そもそもソレス様の意向を理解していれば分かっていたことですし……後継者候補として争うことになるセス様は人格、実力ともに申し分ありませんからね」

「だな……それに俺には、ソエラルタウト領に根を下ろした分家などの親戚筋や家臣たちの支持もないからな」

「……ないわけではないんですけどね……そしてそれらの支持も、この夏季休暇中に領内の街や村を回って集めることができるでしょうし、今後アレス様が積み重ねる功績を考えれば、ひっくり返すことも可能でしょう……そうすれば、いくらソレス様とはいえ、それらの声を無視することができなくなります……まあ、これはアレス様にその気があれば、ですがね」

「ああ、もちろんないな!」

「でしょうね……そこで、なぜ私が期待を寄せる一部の者についてを話題に出したかというと……アレス様にその気がないと聞いて失望のあまり、アレス様の下を去る者や、暴走する者が出る可能性があることを予め承知しておいてもらいたかったからです」

「ふむ、その可能性はあるかもしれんな……とはいえ、去る者については個人の判断なのだから、俺がとやかくいう問題ではないとして……暴走する者というのが厄介そうだな」

「おっしゃるとおりです……そのため、私も注意しておくつもりではありますが、念のためアレス様もお気を付けください」

「ああ、分かった」


 こうして、くつろぎの時間だったはずが、これからへの注意喚起の時間となってしまった。

 とはいえ、使用人の暴走などたかが知れているといいたいところだけど、マヌケ族が便乗して何をしでかすかが分からないっていうのもあるからね……

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