第328話 通じ合うことができた

「……分かりました、義母上の疑問にお答えしたいと思います……ですが、今の状況を私自身も完璧に理解できてはおらず、義母上の疑問を完全に解消できないかもしれないことは、あらかじめ断っておきます」

「……そう、分かったわ」

「まず、始まりとしましては……学園入学の日の朝、気付いたら私という意識が目覚めました。この私という意識がなんなのか……もとのアレスが生み出した別の人格なのか、それとも、もともと存在していた潜在的な部分がたまたま顕在化したのか……ハッキリしたことは分かりません。そして、目覚めたのも束の間、もとのアレスの意識と統合されたというべきか、混ざり合いました……いや、そもそも一つの存在だったのかもしれませんが、とにかくそういった感じでアレスという在り方が変化しました」

「在り方が変化……」

「はい……それで今は、あの朝に目覚めた私の意識の部分がより強く表に出ているという感じでしょうか」

「……じゃあ、もとのアレスの部分はどうしているの?」

「そうですね……食べ物に関するときなんかはよく出てきますよ……そして、義母上が出迎えてくれたときはより強く表に出ていたと思います」

「なるほど……だからあのとき、私の知っているアレスの気配がしたのね……」

「はい、そのとおりでしょう」

「……じゃあ、アレスがいなくなったわけじゃないと思っていいのね?」


 そういって義母上は、いくらかホッとした顔をした。

 ただ、前世の俺部分に対するお呼びじゃない感に少しばかりの切なさを感じてしまう。

 でもまあ、実際のところ義母上にとって俺は知らない奴なんだから、それも仕方ないかな……


「……私ったら、あなたの気持ちも考えないで、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず……ああ、でも……私がもとのアレスの体を乗っ取ったと思われたらどうしようかと心配にはなりましたね……」

「初めてあなたを認識したときから邪悪な意思は感じていなかった……だから、そんなことは一切思わなかったわ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ、もちろんよ……ただ、アレスのことを心配するあまり、あなたに余計なプレッシャーを与えてしまったかもしれない、その点については申し訳なかったわ」

「いえ、親の立場なら、それも当然のことでしょう……それに、義母上からそんなふうに心配してもらえて、もとのアレスも喜んでいますよ」


 その証拠に、俺の心はあたたかい気持ちでいっぱいだからね。

 これはきっと、原作アレス君によるものだろう。


「……そうね、私も今、アレスの気配を感じられたわ」


 おお、義母上にも感じ取れたらしいね、よかった、よかった。


「でも……あなたという人格を生み出すまでアレスの心が追い詰められていたのに、私は何もできなかった……情けない義母でごめんなさい」

「義母上は悪くない……悪いのは俺を嫌うあの男だ……」

「……アレス?」


 今のは俺じゃなく、原作アレス君の言葉だ。

 いやまあ、俺も同じことを考えていたけどね。

 この辺の気質が俺たちに共通している部分で、だからこそ俺がアレス君の体に転生することになったのかもしれない。

 そして、原作アレス君の言葉を受けて、義母上は椅子から立ち上がってこちらに向かい、俺……というか原作アレス君を抱き締める。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「いいんだ……義母上の気持ちは分かってた……義母上は何も悪くない……」

「アレス……」


 ……俺、完全に邪魔だよね。

 いったん俺が腹内に収まろうかな?

 ……って、やり方がわからんわ。

 でも、これでようやく、原作アレス君と義母上が通じ合うことができたっていえるのではないだろうか。

 よかったね、原作アレス君……

 それにしても、義母上に対する接し方から考えると、原作ゲームの設定とかストーリーほど原作アレス君って酷くないんだよな……

 ああ、でも、学園入学の日に破滅の未来を知る俺が参上して、いろいろ環境を変えたもんなぁ。

 あのままだと、主人公君の覚醒とルートによっては王女殿下とのイチャイチャを見せつけられた上に、マヌケ族の成りすましを含んだ取り巻きにアレコレ誘導されてただろう。

 そして実家に帰れば、クソ親父による冷遇と、これまたマヌケ族が成りすました使用人による誘導が待っている。

 うん、歪んでも仕方ないかな……

 とりあえず、クソ親父を始末するのはいろいろと問題があるから自重するとして……マヌケ族が成りすました使用人は見つけだして始末してやる。

 それが、これまで破滅を迎えてきた数多の原作アレス君たちへの手向けなるだろう。

 そうして俺が決意を新たにしているあいだに、原作アレス君と義母上の抱擁が済んだようだ。


「……そういえば義母上は先ほど、私が母上に似ているから、ク……親父殿が私を嫌うといっていましたよね?」

「ああ、聞こえていたのね……」

「はい、かすかにですが、聞こえてしまいました……それで、私が母上に似ているとなぜ、ク……親父殿が嫌うことになるのでしょうか?」

「……そうね、口を滑らせたのは私だし……話しましょう」


 クソ親父のことだ、別にたいした理由でもないのだろう。

 しかしながら、この点について原作ゲームでは細かく語られていなかったことだし、なんで原作アレス君は虐げられることになったのかって、気にはなるからね。

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