第327話 認識

 義母上の「……あなたは……誰なの?」という問いかけに対して、一瞬思考が止まってしまった。

 ……いや、これは一瞬なんかではなく、もっと長い時間なのかもしれない。

 そして、ヤバい、ヤバい、ヤバい……という言葉で脳内が埋め尽くされようとしている。

 本当なら、そんな言葉を反芻するだけに脳を使っている余裕などないはずなのに……

 ああ、これはマズい……

 駄目だ!

 落ち着け!

 冷静になれ!!

 クールだ!

 このときこそ、俺が日頃から心がけているクールな思考を取り戻すんだ!

 これはクール道に身を置く者の試練の一つなのだ!

 そうだ、この難局を乗り切れば、憧れのクールガイに一歩近づける!

 俺はやる!

 やってやる!!

 フフッ、フフフフフ……在るべきクールな自分に思いを馳せているうちに、冷静さを取り戻せてきたみたいだ。

 よし、俺はもう……大丈夫。

 それに、先ほどギドが……この世で一番俺の魔力の形を理解していると豪語していたギドが、間違いなく俺をアレスと認識していたんだ!

 何も心配する必要はない!!

 ……こうして思考の海で溺れかけていた俺は冷静さを取り戻し、自然とうつむいてしまっていた視線も義母上の美しい瞳へと戻す。


「フフッ、義母上……いきなり何をおっしゃるのですか? あまりにも突拍子がなかったので、しばらく思考が停止してしまいましたよ……」

「……そう?」

「確かに……この体型の変化に加えて、目上の方に対する言葉遣いにも気を付けるようになりましたからね……義母上が私を別人ではないかと思ってしまうのも無理はないでしょう……」

「ううん、そこはまったく気にならなかったわ」

「えっ?」

「見た目については、アレスが小さかった頃の面影が残っているし……全体的な顔の雰囲気なんて、リリアン様によく似ているもの………………だからこそ、ソレスが嫌がるのでしょうけれど……」

「そ、そうですか……」


 へぇ、アレス君って母親似なんだね。

 そして、最後に義母上がボソッと小声でいったのが聞こえたが……クソ親父がアレス君を嫌う理由は、どうやら母上にあるみたいだね。

 まあ、クソ親父のことだ、どうせくだらんことだろうけどさ。


「それに言葉遣いだって、リリアン様の生前の頃のアレスは子供らしいものではあっても丁寧だったから、それを思えばさほど違和感もないし……」

「それなら、なぜ……念のために一応いっておきますが、私は正真正銘のアレスですよ? それは、義母上ほどの魔法の才があれば、私の魔力の形を感じ取ってもらえば分かることだと思いますし……確か、血統を確認する魔法なんかもありましたよね? そういった方法を使って確認していただいても構いません」

「そうね……肉体的にはアレスで間違いないでしょうね……でも、精神的にはどうかしら?」

「……!! ……フッ、フフフフフ、精神的ときましたか……それこそ、学園で心を入れ替えたとしかいいようがないですね」

「そう、心を入れ替えたの……じゃあ、今は他人の心がアレスの中にあるというわけね?」

「……なッ!! ……そ、それは言葉の綾というものではないですか……いやだなぁ、もう……」


 言葉のチョイスをミスった……

 とはいえ、義母上は既に確信を持っているみたいだしなぁ……


「アレスの学園での生活について……特に大人の女性に対して好意的に接していると報告を受けたとき、最初は母性を求めてのことかと思ったわ……同時に、それを満足に与えてあげられなかったことを申し訳なくも思った……」

「そんな! 義母上は何も悪くありませんよ! それは、ク……親父殿の意向によるものではないですか!!」

「……ありがとう、でも、その言葉でより確信できる、あなたはことさらに母性を求めていたわけではないのだと……それは報告を受けていくうちに少しずつ感じ取れていったことでもあるし……学園から移動の3週間をあなたと一緒に過ごしたルッカたちも同じ意見だった」

「ま、まあ、それは単なる好みの問題ですからね……でも、それがどうかしたのですか?」

「アレスはね、たとえ血のつながりがなくても……少ししか触れ合うことができていなかったとしても……私のことを『二人目の母』と認識していたわ」

「そんなの、当然のことじゃないですか」

「いいえ……あなたは私のことを『一人の女性』として認識しているでしょう?」

「あっ!!」


 しまった!

 義母上のこと、バッチリガッチリお姉さんとして認識してた! 間違いない!!

 つーか、俺にとって母親っていうのは、前世の母さんだっていう感覚も根強いものがあるし……


「ただ、あなたを出迎えたあのときだけは『母』と認識されていると感じたから、自分の考えに迷いがあったのも正直なところね」


 そりゃそうだ。

 あのときは俺成分が弱まって、原作アレス君成分が強く反応していたからね。

 たぶん、義母上はそれを感じ取っていたのだろう。


「そういうわけで、最初の質問に戻るわ……あなたは一体誰なの? そして私の知っているアレスは無事なのかしら?」


 義母上からのプレッシャーが凄い。

 ここではぐらかすのはちょっとキツイか。

 とはいっても、「異世界転生しました」っていうのもなぁ……

 でも、完全作り話っていうのもマズいだろうし……

 仕方ない、言葉の表現は多少ぼやかすが、ある程度は本当のことを話すとしよう。

 どうか、それで納得していただけるとありがたいのですが……

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