第323話 あくまでも私の希望でございます

「アレス様、大変お疲れさまでした……」

「なんのなんの、これは幸せ疲れというものだ」

「まあ、そうでしょうけれど……」


 なんて、やや苦笑いを浮かべているギド。

 こうしてのんきにおしゃべりをしているのは、つい先ほどお茶会が無事終了し、自室で夕食の時間まで休憩をしているからだ。

 また、ほかの使用人たちはお茶会の後片付けに奔走しているため、ここには俺たち2人しかいない。


「しかしながらアレス様……あまりご夫人方にばかり熱心な対応をされますと、そのうちご夫君方から誤解や嫉妬を招く恐れがありますよ?」

「……ああ、まあ……確かに、そうかもしれんな……」


 そういえば、クソ親父が手紙を捨ててたっぽい話をロイターとサンズにしたときも、「嫉妬深い方だとそういうこともする」とかいってたっけ……

 とはいえ、お姉さん相手に丁寧に接するっていう方針は変えたくないよな……


「それに、おそらくアレス様は無意識的にでもあり得ないことと思っているのでしょうが……本気になるご夫人もこれから現れないとも限りません……その場合はどうしますか?」

「……!!」

「もちろん、ご夫君から決闘を申し込まれたとしても、よほどの相手でない限りアレス様ならば勝利を収めることは可能でしょう……ですが、その先です……そのご夫人と添い遂げる覚悟はおありですか?」

「そ、それは……」


 まあ、ギドのいうとおりで、なんとなく本気にされないだろうという思い込みにも似た感覚は常にあった。

 加えて貴族ともなれば、お世辞なんかにも慣れているだろうし、俺の言葉もその程度に受け取っているものとばかり思っていた。

 だが、そうか……本気になる可能性っていうのもゼロではないのか……

 そもそも、結婚というものに未だ現実感を持てない俺には、そんな覚悟があるはずもない……


「私は何も、ご夫人方への丁寧な対応を咎めようとしているわけではありません……ただ、気を付けていただきたい、そう思っているのです」


 そうだな、ギドの心配も当然のことだよな……

 とはいえ、一応俺なりに既婚者が相手の場合は控えめにしていたつもりではあった。

 だが、もう少し気を付けたほうがいいというのは、そのとおりかもしれないな……


「ギドよ、お前の忠告に感謝する……これからは、もう少し気を付けるとしよう」

「使用人の分際で出過ぎたことを申しました、お許しください」

「いや、実にありがたい忠告であったぞ」

「恐れ入ります」

「まあ、そうはいっても、俺の好みそのものは変わらんからな……既婚女性への対応には気を付けるつもりだが、かといってそこまで大きな変化とはならないかもしれん」

「ええ、年上女性が好みというのなら、それもいいでしょう、存分にお求めください……そして私としましては、先ほども少し触れましたが、アレス様に早く婚約者を見つけていただきたいと思っております」

「そ、それは……ぐむぅ……」

「フフフ……これはあくまでも私の希望でございます。アレス様はアレス様の思いのままに生き方を選んでいただければよろしいのです」

「う、うむ」


 原作アレス君の記憶では、ギドも基本的にはイエスマンだった。

 まあ、その頃は前世の俺成分が混ざっていないだけに、今よりもっと荒れてただろうからね、それも仕方あるまい。

 ただ、そうはいってもギドは、原作アレス君をキレさせないように気を使いながらでも、要所要所で注意を促そうとはしていた。

 そんなふうに、忠告をしてくれる従者が原作アレス君にもいたのだ。

 それなのに、シナリオの都合とはいえ、原作ゲームのような破滅の道を歩んでしまった……

 俺の感覚としては、クソ親父が一番悪いと思っているが、原作アレス君を破滅の道に誘導したマヌケ族も許せん。

 よって、見つけ次第始末してやる……待ってろよ!

 こうしてマヌケ族の発見に改めて意欲を燃やしていたところで、夕食の時間がきた。


「それでは、食堂へ向かいましょうか」

「ああ、そうだな」


 そして食堂にて、義母上や兄上夫婦とともに夕食をいただく。


「アレス、今日来てくれた夫人方が『立派な息子さんで羨ましい』と、あなたのことを褒めていたわ」

「そうですか、恐縮です」

「僕は最初の挨拶だけですぐ仕事に戻ってしまったから分からないんだけど、そんなに凄かったの?」

「そうね、私の見たところ、アレス君と会話をしていたご夫人方はみんな楽しそうだった」

「へぇ、やるじゃないか」

「いえいえ、ご夫人方に気を使ってもらっただけで、私が一方的に楽しませてもらったというべきでしょう」

「いや、ご夫人方の話を楽しめるアレスはたいしたもんだよ……僕なんか、すぐ気疲れを起こしてしまうからね」

「そうね、アレス君みたいにあそこまで興味深そうに人の話を聞くのは、一苦労よ」


 まあ、キレイなお姉さんの話なら何時間でもどんとこいだ!

 それに、常時魔力操作をしていることもあって、身体的な疲れとかもほとんどないし。


「でも、令嬢方とはほとんど話していなかったんじゃないかしら?」

「いわれてみれば、そうだったかもしれませんね……ははは」

「アレスの気持ちはよく分かるよ……学園とかでも追いかけ回されると大変だからね……そういったことを危惧してのことだろう?」

「えっと、そ、そうですね……はは、ははは……」

「ああ、そういえば、セスも大変だったものね……」


 まあ、兄上だもんな……めっちゃモテてたんだろうなぁ。

 そんな争奪戦の中で兄上を勝ち取った義姉上も凄いよなぁ。

 なんて思いながら、なんとなく義姉上に視線を向けてみた。


「うふふ、マイネちゃんは、セスが頑張って口説き落としたものねぇ」

「母上……その話はちょ~っとやめて欲しいかなぁ」

「あらあら、そうなのぉ?」


 義姉上の顔が真っ赤である。

 なるほどね、兄上もなかなかやるじゃないの!

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