第322話 にわか者なんですけどね

「今日のお召し物は瞳の色と合わせられていて、とてもステキですね」

「ありがとう、これは夫が『君に似合うと思って』といって用意してくれたものなの」

「なるほど、そうでしたか。きっと伯爵も『妻の美しさをより引き立たせるにはどんなドレスがいいだろうか』とワクワクしながら用意していたことでしょう」

「うふふ、そうかしら?」

「ええ、それはもう、間違いありません」

「そういってもらえて嬉しいわ」


 俺は今、お茶会に来てくれたご夫人たちに挨拶がてら軽い会話をして回っている。

 というわけで、ここのテーブルにいたご夫人たちとの会話が一段落したところで、次のテーブルに移動だ。

 そして義母上……心の中だけなので、一言いいですか?

 ……義母上は先ほど「こぢんまりとしたもの」っていったじゃないですかぁ~!!

 正直、数人……多くても2桁にいくかいかないかぐらいかなって思ってた。

 それなのに、ザッと見た感じでも100人ぐらいはいる気がする。

 まあ、子連れだったり、侍女も連れていたりするので、家単位で考えたらそこまででもないのかもしれないけどさ……

 ただ、義母上の感覚的にはマジでこぢんまりとしたお茶会なんだと思う。

 なんというか、侯爵家のスケール感を甘く見ていたかもしれない……

 とはいうものの、別に嫌だってわけじゃない。

 だってさ……ご夫人たちという、お姉さんがいっぱいいるからね!

 しかもみんな、オシャレに着飾ってるから華やかなことこの上ない。

 そのため、楽園はここにあったか……って感じがしてくるぐらいだよ!


「今日もいくつか持ってきたけれど、うちの領地では果物の栽培が盛んなの」

「おお、それは素晴らしいですね! 私も食べることには目がないものでして……果物も大好物ですよ」

「ふふっ、それはよかったわ……テーブルに置いてあるこれなんかも、うちの領地で採れたものなのだけれど、もしよかったら食べてみてちょうだいな」

「では、お言葉に甘えまして、このさくらんぼをいただきましょう」

「あら、確かそれって、焔名よね?」

「ああ、そうでした……最近の私は、いわゆる焔好みとなりまして……まあ、にわか者なんですけどね」

「そうなの? なかなか渋い趣味でいいと思うわ」

「ありがとうございます……おっと、さくらんぼでしたね、では早速……」


 前世では、親戚がさくらんぼを送ってきてくれたりしたからね、何気に食べ慣れていたりする。

 そのため、俺のさくらんぼの美味しさ判定力はなかなかのものがあるんじゃないかという自負すらあるぐらいだ。

 あ、ちなみにだけど、うちの……前世のほうの父さんがね、さくらんぼを調子に乗って食べ過ぎて体調を崩したことがあったからさ……みんなも食べ過ぎには注意だよ!

 まあ、「食べ過ぎアレス君にいわれても……」って思われるかもしれないけどさ!!

 そんな前世のことも思い出しつつ、いただきます。


「……おお! これは美味しい! 大粒で肉厚の食べ応えにまず圧倒され、そこから弾力のある確かな歯応えの果肉から溢れるジューシーで甘みたっぷりの果汁……これはたまりませんね!!」

「あらあら、まあまあ……そんなに褒めてくれるだなんて、ありがとうねぇ」

「いえいえ、それぐらい美味しかったということです」


 俺の誉め言葉にご夫人が気をよくしてくれたようで、俺も嬉しい。

 まあ、そもそも貴族が持ってくるっていう時点で最高級だろうし、本当に美味しいさくらんぼだったから、俺は素直に思ったままを述べればいいだけなのだ。

 とまあ、そんな感じでここのテーブルのご夫人たちとも、ひととおりおしゃべりができたので、次のテーブルに移るとしようか。

 ええと、次はっと……


「今日は我が家の茶会に参加いただき、まことにありがとう」

「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」

「ごく簡単な挨拶だけになってしまったが……楽しいひとときを過ごしてくれたまえ。それでは失礼」


 こっちのテーブルは小娘ゾーンだったからさ、正直スルーしてしまってもいいかなって思ったんだ……

 それなのに、後ろについていたギドが「それはいけません」って小声でささやいてくるもんだから仕方なくね……サラッと社交辞令的に挨拶だけして即退散したった。


「アレス様……ご夫人方への対応に比べて、淡泊に過ぎると思うのですが……」

「何をいう、あれぐらいでちょうどいいのだ」

「そうでしょうか……」

「ああ、乙女たちの大切な時間を邪魔するなどという無粋なことはできん、そうだろう?」

「まあ、そうかもしれませんが……」

「それにな……ソエラルタウト家は兄上を次期侯爵として動き始めている。そんな中で俺は後継者争いに名乗りを上げようなどとは思っていないのだ」

「そのお気持ちは、我々も感じ取っていましたが……」

「そのため、中途半端に婚約などを結んで後ろ盾を得るような状況を作るわけにはいかない……となれば、令嬢たちへの対応としてはあれぐらいの味気無さのほうがよいだろう」

「……ミーティアム家のご令嬢と婚約を結ぼうとなされないのは、そのためですか? それに、エンハンザルト家のご令息との決闘でも、実力では上回っておきながら、勝利を譲ろうとなされたこともありましたし……」


 あ、やべっ、ギドの奴が変な勘違いを始めそうになっているな……


「いや、ファティマは正真正銘の友人で、そういう男女の関係にはならない」

「そうですか……」


 ギドとしては完全に納得はできていないようだが……そういうこととして承知しておくことにしたみたいだ。

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