第312話 兄上
模擬戦を終え、今は兄上と大浴場でひとっ風呂浴びているところだ。
広い大浴場に俺たち2人だけ。
学園の大浴場みたいに大勢でガヤガヤしながら入るのもいいが、こういう貸し切り感に満たされながら入るのもいいもんだよね。
「いやぁ~学園で腕を上げていたとは聞いていたけど、予想を大幅に超えていてビックリだったよ」
「いえいえ、兄上の剣技に圧倒されるばかりで、まだまだ修行が足りないと痛感いたしました」
「まあねぇ、僕もそれなりには剣術の鍛錬を積んできたつもりだからさ……魔法が本職のアレスに剣でもアッサリ並ばれたら、立つ瀬がなくなっちゃうよ」
「私のほうこそ、剣術に加えて魔法を使ってすら兄上から一本を取れなかったのですから、それこそ立つ瀬がありませんよ」
「いやいや、それは全力で魔法を使っていなかったからだろう? アレスが本気なら……」
「確かに魔法の使用に制限を設けていましたが、それでも制限した中では本気でしたよ……それに、兄上だってまだまだ実力の全てを出し切ったわけではないのでしょう?」
「フフッ、それはどうだろうねぇ」
あっ、これはまだまだ秘めたる実力がありますよっていう反応だね。
ただまあ、俺が全力で戦わなきゃいけない相手なんて、それこそ魔王か……マヌケ族でも上位層ぐらいだとは思う。
そして人間族の中で考えるとしたら、エリナ先生を筆頭にエリナ先生の元上司であるドミストラ隊長とかミオンさんみたいな魔法士団や騎士団の隊長クラスだろう。
その点おそらくだが、兄上はそのクラスではない……はず、どれだけの奥の手を隠し持っているかは分からんけどね。
でも、実際に手合わせしてみた感じ、剣術の腕はもちろん俺より上なのだが、遠く果てしないレミリネ師匠の領域よりは全然近いところにいるっていう感じもしたのだ。
たぶん、この感覚は間違っていないと思う……ゆえに、兄上の剣術レベルは俺がこれから到達すべき目標のひとつと捉えていいだろう。
「兄上……この次はいつになるか分かりませんが、兄上から剣で一本取ることを目標に剣術に励みます!」
「そういってもらえると嬉しいねぇ……じゃあ、アレスのためにも、もっともっと剣の高みに到達していないといけないな」
「勝負ですね、兄上!」
「兄としての威厳を保つためにも、これは負けてられないなぁ」
とはいえ、兄上は次期侯爵として日々の活動に追われているため、剣術の鍛錬にフルタイムで打ち込むことはできないだろう。
そう考えれば、兄上のほうが不利といわざるを得ない。
だからといって変な気を使うのは兄上も求めていないはず。
よって、俺は次の機会に向けて全力で鍛錬に励むつもりだ!
そして兄上から一本をいただく!!
「……こんなふうにアレスと笑顔で語り合える日がきて、本当によかったよ……いや、僕がもう少し勇気を出していれば、もっと早くこんな日が来ていたのかもしれないな」
「いえ、私も学園に入って丸くなった部分もありますので……昔の尖っていた私なら兄上の気持ちに応えられなかったかもしれません」
「丸く……か」
「ハハッ、体型とは真逆ですね!」
「フフッ」
「アハハハハ」
こんな感じで、先ほどの模擬戦と風呂での語らいによって、兄上との心の距離がグッと縮まったような気がする。
原作アレス君の記憶では、当たり障りのない関係って感じだったが……兄上なりに気にはなっていたってことなんだね。
そう考えると、原作アレス君のことを想ってくれる人は周りにいたってことなのだろう。
それに原作アレス君が気付きさえすれば、原作ゲームでも違った未来があったのかもしれない。
ああ、でも、だからこそのマヌケ族か……奴らがそれに気付かせないよう誘導してたってことなんだろうし。
……元も子もないことをいえば、制作陣の都合ってことになるんだろうけど、それはそれ。
しっかし、誰がマヌケ族なんだろうな?
さっきの模擬戦にソエラルタウト家の屋敷にいる人間のほとんどが集まっていたので、ちょうどいいから魔力探知で調べてみた。
それで、マヌケ族本人を見つけることができなかったのは、いつもと変わらない。
でも、思考誘導の魔法みたいな闇属性の魔力反応すらなかなかったんだ。
この様子から、おそらく思考誘導の魔法は使われていないのだろう……少なくとも今現在は。
まあ、エリナ先生の話にもあったけど、王国側にバレてからマヌケ族はどうやら思考誘導の魔法の使用を控えることにしたみたいだからね。
ソエラルタウト家の屋敷内でも、過去には思考誘導の魔法が使われていた可能性があったとしても、今はその痕跡すらも丁寧に消されているのだろう。
というわけで、使用人たちの言動を注視していかなきゃってところかな。
「アレス、そろそろ上がろうか?」
「そうですね」
こんな感じで、原作アレス君が得られなかった兄弟の愛情を取り戻す……少なくともそのきっかけとはできたんじゃないかと思う。
そういえば……前世の兄には、たぶんだけど俺の死体の第一発見者になるという、この上ない迷惑をかけたんだった。
マジで申し訳ない。
もしかすると俺がアレス君の体に転生することになったのも、そういう兄を困らせる感じが多少なりとも影響していたのかもしれないね。
なんてことを思いつつ、使用人の小娘が用意してくれた風呂上がりのアイスミルクコーヒーを兄上と一緒にいただく。
……前世のぶんも兄上を大事にしなきゃだな。
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