第305話 イエスマン

「アレス様、実によくお似合いです」

「おう、そうか」


 早速、ギドが新しく用意してくれた服に着替えてみた。

 今回は黒を基調とした、いわゆるモノトーンコーデといった趣の服だ。

 まあ、それでも貴族仕様ではあるので、いくぶん華美な装いとなってしまっているが、そこは仕方あるまい。

 とりあえず、これである程度は落ち着けるのでよかった。

 それにしても、この服といい、先ほどの服といい……ソエラルタウト家の服は全てサイズ調節の魔法が施されているのだろうか。

 特にさっきのド派手な服なんか、パッと見でブカブカだなって思っても、着た瞬間にシュッと体にフィットしたからね。

 そんな感じで、サイズを気にしなくていいなら、長く着られそうだよね……デザインさえ嫌にならなければ。

 ただまあ、そこは貴族社会……マウント合戦のため、同じ服を着続けるってことはあまりないかもしれない。

 ああ、でも、他家の人間と会わない屋敷の中だけとかなら、意外と節約生活っていうのもあり得るかな?

 とはいえ、原作アレス君の、そして俺の原作ゲームの記憶のどちらにも、ソエラルタウト家が切り詰めた生活を送っていた様子はない。

 というか、金銭面はメッチャ強かった。

 ただ、それぐらいじゃないと悪役は務まらんだろうからね、原作ゲーム的にもその辺は強めに設定されていたのだろう。

 そんなことを思いつつ、着替え終わったあとは、しばらくのんびりくつろいでいた。

 そして、そろそろ何かしようかなって思ったところでギドから声がかかる。


「アレス様」

「なんだ?」

「アレス様が学園にいらっしゃるあいだ、新しくアレス様付きになった者たちがおります。その者たちも含めてアレス様付きの使用人一同、改めてご挨拶申し上げたいのですが、お許しいただけますか?」

「まあ、別に構わんが……」

「恐れ入ります、それでは、使用人たちを呼びます」


 アレス付きの使用人たちから挨拶ねぇ……

 それはつまり、原作アレス君の横暴に耐え続けた生粋のイエスマンたちってことでしょ?

 そんなイエスマンの大群が押し寄せてくるわけか……まったくといっていいほどワクワクできないね。

 ああ、そういえば……ルッカさんたちから聞いた話によれば、俺がダイエットを成功させたと聞いて期待し始めた「子」がいるっていってたっけ……

 それがお姉さんだったらいいけど、小娘だと嬉しくないな……

 そんなわけで、俺に挨拶するつもりで待機していたであろうイエスマンたちが、ギドの呼び出しと共に続々とやって来た。


「アレス様のご帰還! 我ら一同、心よりお喜び申し上げます!!」


 イエスマンたちの口上は、ピタリと声がそろっていた。

 もしかして、このためだけに練習したのかな?


「うむ、くるしゅうない」


 なんと返事したものか……と思ったので、前世の記憶を頼りに適当に偉そうな物言いをしておいた。

 そして、イエスマンたちの顔ぶれをひととおり眺めてみたが、原作アレス君の記憶にない奴も混じっている……それも小娘が多め。

 おそらくそれが、新しくアレス付きになったという使用人なのだろう。


「こちらの者たちが、このたび新しくアレス様付きとなった使用人たちですが、一言ずつご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか?」

「そうか……まあいいだろう」


 正直なことをいえば、面倒だから挨拶してくれなくていいんだけどね。

 見た感じ、男が少々にあとは小娘ばっか……お姉さんがいない! つまんね!! って感じだからさ。

 というか、アレス付きの使用人って、原作アレス君の記憶に残っている奴も含めて全般的に若いんだよね。

 まあ、ベテラン……というよりソエラルタウト家の使用人内ヒエラルキー上位の奴が、わざわざ負け確のアレス付きになんかなるわけないだろう。

 また、基本的に長続きせず、早めに配置換えで逃げたっていうのもあるだろうし。

 なので、ある程度年齢を重ねているっぽいのは左遷された系ってところだろう……あとは、一発逆転狙いってところか。

 なんか、原作アレス君の記憶でも、そういう層は悲壮感漂ってたからね。

 そんな彼らの表情を眺めてみたら、何かしらの期待が生まれているのか、今はちょっと活気づいた顔をしている。

 ただね、そんなある程度年齢を重ねてる組は、みんな男なんだよ……悲しいっ!

 まあね、原作アレス君は脂肪の関係上、まぶたが腫れぼったくて、目つきもよくなかったからね……

 それが、女性には一層の恐怖心を与えていたらしくてさ……男以上に長続きしなかったみたいなんだ。

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、新規イエスマンたちの一言挨拶を聞いていた。

 とりあえず、彼らの印象としては、そうだな……男子諸君は「これから頑張ります!」って感じだったので、「まあ、頑張ってちょうだい」ってところだった。

 そして小娘どもだが……


「ソエラルタウト家にお仕えしてよりずっと、アレス様付きとなることを夢見ておりました……その夢が叶い、この上ない喜びを感じております!」

「アレス様、私はアレス様のためならなんでもいたします! 存分に私のことをお使いくださいませ!!」

「私の主はアレス様をおいてほかにありません……私のすべてを捧げます!」

………………

…………

……


 なんかね……自己アピールが凄いんだ。

 正直「お前、それはウソだろ」っていいたくなるぐらいの言葉がポンポン出てくる。

 まあ、俺の学園での話もある程度こっちに流れてきてたみたいだから、ワンチャン狙いっていうのもあるのだろう……そんなようなことをルッカさんたちもいってたし。

 というのも、使用人としての地位のほかに、上手くいけば……本当に上手くいけばだけど、主人との結婚という可能性も地味にあるからね……ただし、最低でも学園を卒業している必要はあるみたいだけど。

 それで、この家において次期侯爵は兄上とみなされているが、その兄上は義姉上とラブラブなようだから、次期侯爵夫人となるのは側室であっても難しそうだ。

 それに対し、俺は今のところフリーだし、次期侯爵は無理でもそれなりの地位に就けるかもしれない……その可能性に賭けるのもアリってところだろうか。

 でもね、学園を卒業したら俺はソエラルタウト家を出ちゃうんだよ……ゴメンね!

 あと、そもそも俺はお姉さんが好みなんだ……だから、20歳にも満たない小娘はノーサンキューなんだ、ホントにゴメン!

 とまあ、そんな感じでイエスマンたちとの挨拶を済ませた。

 そうして、挨拶を済ませたイエスマンたちは、またそれぞれの業務に戻って行った。


「お疲れさまでした、アレス様」

「うむ」

「それでは、何かありましたら気兼ねなく、お申し付けください」

「ああ、分かった」


 そうしてギドも俺の部屋から出た……といっても、すぐ隣の待機部屋にいるんだけどね。

 これでたぶん、この家で俺が接する割合の多いであろう人たちにはひととおり会ったってことになるのだろうか。

 とりあえず、こんな感じで俺のソエラルタウト家生活がスタートするってわけだね……そこまで長居する気もないんだけどさ。

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