第301話 義母上は朗らかに笑う

 義母上の抱擁がしばらく続く。

 そのあいだ、俺の全身から歓喜の声が上がる。

 前世から続く俺個人としての感覚としては、お姉さんとの抱擁にこの上ない幸せを感じている。

 だが、たぶんそれだけじゃない……この幸せな気分は、俺の精神と混ざり合った原作アレス君によるものも含まれている気がする。

 原作アレス君の記憶を辿れば、幼少の頃に実の母を失い、母の愛というものを受けることができなくなってしまった。

 そこで、その代わりとなるべく義母上は愛情を示そうとしてくれたが、クソ親父によってそれも阻まれた。

 義母上が原作アレス君に愛情を持って接しようとするたび、クソ親父は「弱い人間にさせないため」だなんてそれっぽく聞こえる理由を適当に並べて義母上を止めた。

 その際、原作アレス君には鋭い叱責のおまけつきで……普段は完全無視を決め込んでいる癖にさ。

 そんなわけで、叱られるのは原作アレス君となってしまうため、義母上は原作アレス君への接触を控えるようになってしまう……ついでに監視といわんばかりに使用人も目を光らせていたし。

 こうして原作アレス君の孤独は深まっていったようだ。

 だからこそ、今こうして義理とはいえ母のぬくもりを感じられる喜びに原作アレス君は浸っているのだと思う。

 いいんだ、恥ずかしいことじゃない、存分に義母上の愛を全身で感じるといい。

 もしそれを笑う奴がいたなら、俺がぶん殴ってやるから。

 そう思ったとき、ふいに目から一滴の雫がこぼれた……これもきっと原作アレス君のものだろう。

 君もずっと、独りで頑張ってきたんだなぁ……原作ゲームではそんなこと、一切分からなかったよ。

 このひとときのためにここへ帰って来たのだ、そう思えばこの帰省も正しい選択だったといえるのだろう。

 そうしてしっかりと義母上の愛情を感じ取ったところで、抱擁は解かれた。


「……学園に入学してからのアレスの話を聞いて、ソレスのことはもう気にしなくて大丈夫そうだなって思ったの」


 ああ、クソ親父派とでもいうべき、この家でクソ親父に対して一番の忠誠を誓っている奴もいるだろうこのタイミングで抱き締めてきたことについての話をしているんだな。


「はい、今ならもう、ご当主に『弱い人間』だなんていわせませんよ」

「あらあら、勇ましいのね……でも、そうかも……今ならソレスのほうが反対に負けてしまいそうね、うふふっ」


 そういって義母上は朗らかに笑う。

 まあ、クソ親父の実際の戦闘力のほどは知らんが、負ける気はしない。

 ミキオ君の蹂躙モードで血煙に変えてやってもいいし、なんだったら聖者(仮)にフォームチェンジして光属性マシマシにブーストしまくった魔力をありったけ注ぎ込んだ光弾で消し去ってやってもいいんだ。

 ……うん、「アレス君、物騒過ぎぃ!」っていわれちゃいそうだね。


「あらまあ、やんちゃなところは変わってないみたいね?」

「おっと、これはお恥ずかしいところをお見せしました」


 ふむ、クソ親父を消すことを考えた際に生じた圧が強めの魔力を、義母上は感じ取ってしまわれたかな?

 一応、体外に魔力が漏れ出さないように気を使ったつもりではあったんだけどね。

 なるほど、どうやら義母上はなかなかの実力者でいらっしゃるようだ。

 包容力抜群でありながら、魔法の才も兼ね備えている美しい女性……実に魅力的だ!!

 ……とことん敵と認定しているクソ親父ではあるが……女性の趣味だけは認めてやってもいいな。


「さて、母上の挨拶も一段落したようだから、そろそろ僕たちも挨拶をさせてもらおうかな……お帰りアレス、元気にやっているようだね」

「お久しぶり、アレス君」


 そんな感じでステキな義母上に見惚れていたところ、一組の男女が声をかけてきた。

 セス兄上とマイネ義姉上の夫婦だね。

 そう、何を隠そう兄上は既に結婚しているのだ!

 いやまあ、この王国の貴族って学園を卒業したら、割とすぐ結婚するみたいだから、別に驚くことでもなんでもないんだけどさ。

 それはともかく、返事をしなきゃだね。


「ご無沙汰しております、お2人も元気そうで何よりでございます」

「しばらく見ないうちに、言葉遣いも丁寧になったみたいだね」

「ええ、本当に」

「はっはっは! よくいわれます……これも私のクラスを担任してくださるエリナ先生のおかげです」

「ああ、元宮廷魔法士のエリナ女史のことだね?」

「あのエースと名高い……」

「はい、そのとおりです! エリナ先生に魔法の素晴らしさを教えてもらってからというもの、尊敬の念がこれでもかというぐらい湧いてきまして……そう思っているうちに自然と目上の方に対する言葉遣いも整えられていったようです」

「なるほどね、いずれにしてもよかったじゃないか」

「そうね、私もそのほうがいいと思うわ」

「恐縮です」

「でも、一つだけ……父上のことを『ご当主』と呼ぶのは……その、ちょっとね……他人行儀というか……聞いた人のアレスの印象によくないんじゃないかなって思うんだ」

「セス……」

「はて、私としたことがいけませんね……どうやら私の言葉遣いもまだまだなってないようです」


 といいつつ、わざといったったみたいなところがあるんだけどね!

 それはともかく、ここでも「エリナ先生のおかげ」でゴリ押せたようだ。

 やはり、エリナ先生の名前が持つ説得力は凄いね、みんな一発で納得してくれるよ。

 ただ、この3週間一緒に旅をしてきたお姉さんたちから生暖かい視線が向けられていることには気付かなかった振りをしておこうと思う。

 やっぱ、旅の最初で中途半端にソエラルタウト家モードで対応しようとしたのは失敗だったな……

 とはいえ、男や小娘の使用人相手なら、ソエラルタウト家モードを余裕で使いこなせるけどね!

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