第300話 ふわり
「アレス様、もうしばらくすればお屋敷に到着いたします」
「……はい、そのようですね」
馬車の窓にチラリと視線を向けてみれば、原作アレス君の記憶にある風景が流れていく。
うん、本当にもうしばらくで着いてしまうんだね……
「そこで今一度申し上げますが、手紙の件をリューネ様にお話しください……ずっと気にされていましたから」
「もちろんです、忘れたりなんかしませんよ」
「ああ、それって確か……リューネ様からアレス様宛の手紙をソレス様の意を受けた奴が途中で捨ててたかもしんねぇって話だっけ?」
「最初聞いたときはまさかと思いたかったけど……あり得るかもしれないと思えてしまうところが、なんともいえないのよねぇ」
まあね、アレス君とクソ親父の不仲説は有名だからね。
あと、ルッカさんはいつもどおりのお澄まし顔なのだが、内面から滲み出る不快感みたいなものが隠しきれていない……
なので、ちょっと怖い。
「ルッカ……そんなんじゃ、アレス様が落ち着けねぇだろ?」
「そうよぉ、でもまあ……おいたをした子には、帰ってからお仕置きが必要でしょうけどね」
「そうですね……失礼しました、アレス様」
「い、いえ、お気になさらず……」
滲み出る不快感みたいなものは引っ込んだのだが……なんというか、凝縮されたって感じがする。
犯人が誰かは知らんが、覚悟をしておくべきだろうね。
「それから、ソエラルタウト家を継ぐ気がないことも、リューネ様にきちんとお伝えになられたほうがよろしいかと存じます」
「えっ? 伝えるも何も、既に兄上が後継者としていろいろと話が進んでいるのですよね?」
「はい、ソレス様はそのおつもりです……ですが、リューネ様はアレス様を後継者にとの考えをお持ちです」
「えぇっ!! ほ、本当ですか!?」
「はい、間違いございません」
「そ、そんな……」
義母上……ソエラルタウト家の中であなたが……あなたこそが私の一番の妨害者だったということ……ですか?
そんな驚愕を隠しきれない俺の耳に、横からルネさんの優しい声が聞こえてくる。
「アレス様……改めていうまでもないことかもしれないけど、アレス様の生母であらせられるリリアン様は公爵家のご出身にして第一夫人、対してリューネ様は伯爵家のご出身にして第二夫人……そうした血筋などを加味すれば、次男とはいえアレス様が後継者として優先されてしかるべきなのよ?」
「あっ! 母上が公爵家……!!」
そういえば、ロイターとサンズが前に教えてくれたんだっけ……今まですっかり忘れてたよ。
でも、そうか……母方の実家が公爵家っていうのは、後継者争いをする上でメチャメチャ有利に働くのだろうな……
「まあ、ソレス様の意向でリリアン様付きの使用人たちは暇を出されてほとんど残ってねぇけどな……でも、最近のアレス様の活躍があるだろ? リリアン様の旧臣とか関係なく『アレス様を次期ソエラルタウト侯爵に!!』って考え始めてる奴も結構いんじゃねぇか?」
「いるでしょうねぇ……正直、アレス様がその気なら、私だってアレス様を推すわよ?」
「や、やめてください……」
「ふふっ、冗談よ……アレス様にその気がないことは分かっているから、心配しないでも大丈夫」
「ほっ……あれっ? ということは、まさか……今回呼ばれたのって、その話が目的ですか?」
「そうですね、それだけが目的ではありませんが……後継者についての話が重要な話題となることは確かでしょう」
うわぁ……断固として「ノー」といわなければならんだろうね!
「でも、兄上だって次期侯爵として準備をしているのでしょうから、今さら変更されても困るのでは?」
「……困らないかもしれません」
「えっ? なぜ?」
「もともとセス様は宮廷騎士団に入ることを希望されていました……ですが、ソレス様の意向で2年間だけ王国騎士団に在籍するに留まりました……そのため、アレス様が後継者と決まれば、あるいは……」
「えぇ……マジかよ……」
「おっ、アレス様の素が出たな?」
「ふふっ、そうねぇ」
いや、そんな冗談をいってる場合じゃないよ……ソエラルタウト侯爵の地位って人気なさ過ぎでしょ……
ああ、ちなみにセスっていうのは兄上の名前ね……馬車での移動や美味い飯屋の紹介とかでいつも世話になっているゼスと名前が似てて紛らわしいけどさ……
ちなみに、宮廷魔法士や宮廷騎士は家としてではなく、個人として国王陛下に忠誠を誓う契約を交わさなければならないので、基本的に家を継ぐ予定の奴はそれらにならないらしい。
そんなわけで、兄上はそういう縛りのない王国騎士団にせめてという感じで入っていたのだろう。
いやまあ、宮廷魔法士とか宮廷騎士をやってた人間は絶対に家を継がないってわけでもなく、あくまでもそういう傾向があるってだけの話ね。
まあ、それはともかくとして、義母上は兄上の希望を叶えるために俺に次期侯爵になれって考えているのかな?
「……あの、もしかして義母上は兄上のためを思って、私に次期侯爵の地位を押し付けようと考えている……なんてことはありませんか?」
「それはあり得ません……アレス様、そのようなことは間違ってもリューネ様におっしゃらないでくださいね?」
「は、はい……」
うん、それはあり得ないみたい……ルッカさんの目がマジなので、このことは二度といわないほうがよさそうだ。
「つーか、アレス様は学園に入学前『俺は次期侯爵だぞ!』っていってなかったっけ?」
「いってたわねぇ……それを聞いていたからこそリューネ様も、アレス様を次期侯爵にって考えた部分もあるでしょうし」
「そ、そうでしたっけ……いやぁ、あの頃は視野が狭かったですからねぇ……あはは……」
うん、原作アレス君はガッチリそういってたみたいだね、記憶にある。
それに俺も、原作ゲーム内でそういってたシーンを何度も見たし。
まあ、それはそれとして、今回呼ばれた理由が分かったので、その点はよかったのかもしれない。
そんなことを思っているうちに馬車が減速していき、やがて止まった。
「……お屋敷に到着したようです」
「おお、そうみてぇだな!」
「はぁ……これでアレス様との楽しい旅行も終わりねぇ……寂しいわぁ」
ルネさんが「旅行」っていっちゃった……
とはいえ、俺も幸せ旅行気分だったから同じだね。
「ここまでのみなさんとの旅路、私にとってかけがえのない思い出となりました」
「恐れ入ります」
「おう、アタイもだぜ!」
「当然、私もよぉ」
そんな言葉を交わして馬車から降りると、そこには出迎えがズラリと勢ぞろいしていた。
その中央にいたひとりの女性がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる……義母上だ。
そして俺の目の前まで来たところで微笑みを浮かべ……
「おかえりなさい、アレス」
そういいながら、ふわりと俺を抱擁する。
「ただいま、帰りました」
義母上から、いい匂いがするよぅ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます