第297話 相槌担当

「とてもステキなおもてなしをしていただき、感謝の念に堪えません」

「いえいえ、たいしたお構いもできませんで……」

「そんなことはありません、夫人の気遣いのおかげで学園都市からここまでの長旅の疲れが吹き飛びましたよ」

「あらまあ、そういってもらえると嬉しいわ」

「さて、そろそろ出発せねばなりませんので、お名残惜しいですがこれにて失礼いたします」

「またいつでもいらしてくださいね、もっとお話もしたいし」

「はい、そのときはぜひ!」

「ほら、あなたも挨拶なさい」

「……道中お気を付けて」

「まったく、この子ったら……不愛想な子でごめんなさいねぇ」

「いえ、しばらくすればきっと、夫人のような素晴らしいレディとなられることでしょう」

「ふふっ、ありがとう」

「それでは、お見送りありがとうございます、またお会いする日を楽しみにしております」

「ええ、私も楽しみにしているわ……そしてソエラルタウト領までもう少しではあるけれど、無事に到着できることを祈っているわね」

「はい、ありがとうございます!」


 というわけで、学園都市からソエラルタウト領までの旅路で通りかかった、リンクネイズ領という領地を治める貴族のお家にお呼ばれしていたのである。

 まあ、ここまで来るあいだにも何度かお呼ばれしているんだけどね。

 それで、そのたびに食事をご馳走になったり、今回みたいに泊めてもらったりって感じ。

 ちなみに、今回お邪魔したリンクネイズ伯爵家のご当主もソエラルタウト侯爵家の当主であるクソ親父と同じく、王都にいらっしゃるそうだ。

 そんなわけで今は、夫人が領地を切り盛りしているらしく、そういった苦労話のアレコレもいろいろと聞かせてもらった。

 ああ、先ほど夫人は「もっとお話もしたい」とおっしゃったが、実際のところ夫人の話が大半で、俺はほとんどそれを聞いていただけ。

 そのため俺は、相槌担当って感じだったね。

 いや、それが嫌だったってことは決してない。

 むしろ話の内容はともかく、キレイなお姉さんとおしゃべりできる時間……プライスレスって思ってたぐらいだからさ。

 まあね、俺はお姉さんの味方だから! お姉さんのお話には何時間だって付き合っちゃう!!

 そんなことを思いつつ、馬車に揺られているわけだ。


「お見事でした、アレス様」

「いやいや……普通に夫人とお話ししていただけですよ?」

「いえ、あんなに生き生きとしたリンクネイズ伯爵夫人はあまりお目にかかれるものではありません」

「そうですか? どちらかというと夫人に話し好きの印象を持ちましたけど……」

「そうですね……以前はそうだったかもしれませんが、代替わりしてからは徐々に……」

「まあ、伯爵夫人ですからね、受ける重圧もかなりのものがあるのでしょう」

「はい、だからこそアレス様とのお話は、リンクネイズ伯爵夫人にとっても憩いの時間となったはず……ゆえにお見事なのです」

「そ、そうですか……」


 あ、これはあれだな、異世界あるある「え? そんなに凄いことやったかな?」だね!

 ハハッ、無自覚系やっちゃったねぇ。

 とはいえ、俺としてはマジでお姉さんと楽しくおしゃべりしていただけって感覚だったからなぁ。

 なるほどね、こりゃ無自覚ムーブやっちゃうわ。

 正直、前世で異世界系を見たり読んだりしていた頃は「さすがにそれは気付いても……」って思うこともあったけど、いざ自分がその身になってみると、意外と分かんないもんなんだね。


「たぶんですけど~もともと用意していた手土産のほかに~アレス様がお花を追加したのがよかったんじゃないですか~?」

「そういえば夫人、リンクネイズ伯爵から『久しくもらってない』っていってたっすからね!」

「ええ、リィコとタナのいうとおりでしょう。その点もアレス様の好判断だったといえますね」

「は、はは、そうですか……まいったな……」


 フッ、無自覚ムーブその2ってわけだね。

 まあ、「女性なら、花を喜んでくれるかも」なんて割と安直に考えただけなんだけど、夫人には効果抜群だったみたいだ。

 それにしても、ご当主は夫人への気遣いが足りないようだが……俺も将来は気を付けなきゃって感じがしてくるよ。

 いや、俺が結婚している状況とか、まだあんまりイメージできないんだけどさ……

 でも、いつかはそういう日がくるのかもしれない……そのときは……

 ま、まあ、その辺について考えるのはもっと先……にしときたいなぁ……


「それはそうとアレス様、令嬢に対する態度……あれはいけません」

「確かに~もう少し構ってあげたほうがよかったかもしれないですね~」

「そうっすよ! 私なら寂しくて泣いちゃうかもしれないっす!!」

「え、えぇ……いや、でも、令嬢側としましても、私に興味なんかなかったはずですよ?」

「いえ、そういう問題ではありません」

「最初は興味がなかったとしても~ふとしたきっかけで~っていうこともありますよ~」

「アレス様の魅力に気付く令嬢もいっぱいいるはずっす!」


 どっちかというと、小娘どもには魅力を感じてもらわなくていいんだけどね……

 ロイターたちみたいに頻繁に誘われるのも面倒だしさ……

 なんてことをこの場で口に出すと、さらに説教されそうなので黙っておいた。

 フッ、俺にとっては今この瞬間……ルッカさんたちみたいなお姉さんと一緒にいられる時間が幸せなのさ!

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