第295話 破棄

「……おはようございます、ルッカさん」

「おはようございます、アレス様」


 本日闇の日……学園都市出発から1週間が経過したって感じだね。


「あらあら、もう驚いてはくれないみたいねぇ?」

「ええ、そのようです」


 そうなのである、ルッカさんはこの1週間、起きる瞬間を見計らって毎朝俺の顔を覗き込んでいたのだ。

 ……なんとも、おちゃめさんなことである。


「ルッカさん……さすがに毎朝だと慣れますよ?」

「そうですか、残念です」

「ふふっ、次はベッドにお邪魔しなきゃかしらねぇ?」

「そ、それは駄目です!」

「……駄目なのですか?」

「当たり前です!!」


 まったく、なんてことを言い出すんだ……

 明らかに本気ではなく、冗談だってことぐらいは俺にだって分かる。

 それに、寝てるあいだも魔纏を展開しているから、問題は起こらないはず。

 だが、たとえ間違いがなかったとしても、エリナ先生になんて申し開きをせねばならなくなることか! そんなの困るよ!!

 それに、ファティマの冷ややかな眼差し、パルフェナやロイターたちの苦笑いが脳裏に浮かんできたし……

 ただし、その中でソイルだけは「さすがアレスさんです!」とかいって目を輝かせているけどさ……


「……二人とも、あまりアレス様を困らせるものではないぞ?」

「そうですよ、じゃないと嫌われちゃいますよ?」

「それは大変っすね!」

「でもでも~アレス様はそんなことで嫌いになんてなりませんよね~?」

「え、あ、はい……そうですね」


 もう察しがついていることと思われるが……俺のソエラルタウト家モードはとっくのとうに破棄されている。

 いや、だってね……俺なりに原作アレス君を模した尊大な態度を貫こうと思ってたんだけどさ、やっぱり無理だったんだよ……!!

 御者や護衛のお姉さんたちの反応も、移動初日こそ「あのアレス様が……」みたいな反応だったけど、2日目ぐらいからソエラルタウト家モードで接しようとすると、徐々に生暖かい目を向けてくるようになっていったし。

 というか、今にして思えば移動初日から失敗してたんじゃないかな?

 たぶんだけど、ルッカさんがアレコレと仕掛けてこなかったら、まだなんとかなった気がするんだけどね。

 ああ、でも、レミリネ師匠の話から始まって剣術トークとかしているうちに護衛のお姉さんたちとも意気投合したからさ、遅かれ早かれだったかもしれない。

 ただ、結局のところコレでよかったんだと思う。

 やっぱさ、お姉さん相手にソエラルタウト家モードっていうのは、俺にとってストレスがたまることなんだよ……楽しくないし。

 でも、今みたいに自分の思うままに振る舞えると、とても楽なんだ。

 それに、お姉さんたちとも、より打ち解けたなって感じがするし。

 そんなわけで、俺本来のお姉さん向け対応に戻したのだ。

 あと、「アレスの態度が変わり過ぎ問題」に対するアンサーとしては、エリナ先生の指導のおかげでゴリ押しするのはもちろんとして、サンズとかシュウという名のメガネみたいに丁寧な言葉遣いが俺の中でマイブームだからと言い張ることにした。

 ついでに、前世の創作物に登場する悪役たちを思い返してみると、丁寧な口調のラスボスとかヤベェ奴っていうのも一定数いた気がするからね、意外とアリなんじゃないかと思い直したのもある。

 ちなみに、なんで俺がこうもルッカさんたちに心を開くことができているのかというと、俺のお姉さんセンサーがオッケーサインを出してくれているからである。

 まあ、これは己のお姉さんセンサーに全幅の信頼を寄せているからできることでもあるだろうね。

 なんてことを考えていると……


「やい、オメェら! 遊んでるんだったら、朝メシ作んのを手伝いやがれ!!」

「私たちだけでもね、準備はできちゃうんだけどね、手が空いてるならね、手伝ってほしい感じはしちゃうよね?」


 朝ご飯の支度をしていた男勝りな話し方をする護衛のお姉さんと、独特な話し方をする御者のお姉さんからの一言が飛んできた。


「仕方ないわねぇ、それじゃあ手伝ってあげましょうか」

「そうですね、それではアレス様、失礼します」

「あ、はい……どうぞ」


 そのあとは俺も着替えを済ませ、朝練に向かうことに。

 また、今回泊っているのも街にあるホテルで、敷地内に整備されている庭園を軽く散策しながら様子見をする。


「……今日は走ろうかなって思うんですけど、どうですか?」

「よしきた! それなら我々も共に走ろう!!」

「先輩、やる気が漲ってますね」

「私も! 気合を入れて走るっす!!」

「ここ最近、馬に乗っていることが多いですからね~自分で走るのもいいですね~」


 こうして、庭園についてきた護衛のお姉さん4人と一緒に走る。

 まあ、お姉さんたちとしても、俺の朝練を眺めているだけじゃ暇だろうからね。

 とはいえ、お姉さんたちが周囲への警戒を怠っているわけではないことも、忘れずに述べておこう。

 ただ、正直なところ、俺にそこまで護衛って必要なのかなって気もしなくはないんだけどね。

 というのも、魔纏に思いっきり魔力を込めまくれば物凄い強度になるし、その外側に障壁魔法を何重にも張り巡らせてガッチガチにすることだってできるからさ。

 でもま、お姉さんと一緒っていう幸せがあるんだし、その辺はどうでもいいか!

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