第293話 ああだこうだと思案しながら

「どうぞ、お召し上がりください」

「ああ、いただこうか」


 夕食はホテルの部屋で、ルッカさんたちが作ったものをいただく。

 そして当然のように、テーブルには俺ひとり。

 あとはみなさん、ズラリと並んで立っている。

 もちろん、前世のテレビや漫画とかでそういうシーンは見たことあるけどさ……

 でもやっぱり、落ち着かない。


「うむ、美味いぞ」

「恐れ入ります」


 なんとなく、今日一日のルッカさんの言動傾向から考えて、これぐらいのタイミングで不意打ちをかけてくるだろうからね、先に声をかけておいた。

 フッ、今回は俺の勝ちだな!

 そんな気持ちになりつつ、ルッカさんに一瞬だけ視線を向けてみる。

 ほほう、相変わらずのお澄まし顔。

 上手いこと悔しさを隠せているようだし、なかなかやるじゃないか。

 いいよ、ルッカさんがそのつもりなら、何事もなかったように流してあげよう、はっはっは!


「おかわりはいかがですか?」

「お願い……する!」


 ……やられた。

 勝利の喜びもつかの間、ルッカさんの反撃を見事にくらってしまった。

 仕方ない、今回はイーブンということにしておいてやるか。

 そして、御者や護衛のお姉さんたちは、またしても「あのアレス様が『お願い』だって……!?」って顔で瞬間的に固まっていた。

 ごめん、その反応もそろそろ終わりにしてくれないかな?

 ……あれ? ちょっと待てよ。

 もしかしてルッカさん……この感じを狙っているのか?

 学園生活で成長を遂げたニューアレス君はとっても親しみやすいナイスガイだよ! ってことをみんなに見せようとしているのか?

 なんとなくだが、ルッカさんは既に俺のソエラルタウト家モードが仮初めのものだということに気付いているフシもあるしな。

 まあ、義母上付きの侍女なんかをやっていれば、それぐらいのことは読めて当然な気もするし。

 ふむ……無理してソエラルタウト家モードを維持しなくてもいいのかもしれないぞ?

 ……ああでも、そうして気を抜いたところで「なんですか、その態度は! それが由緒あるソエラルタウト家子息の振るまいとお思いですか!!」って怒られたりするのかもしれん。

 ……やはり、お姉さんに怒られるのは避けたいよな。

 仕方ない、もうしばらく様子を見ておいたほうがいいだろう。

 そのうちにルッカさんの真意も掴めるハズ……だといいなぁ。


「こちらも、おかわりいかがですか?」

「……ああ、いただこう」


 とりあえず、返事をするときは無口なヴィーン式でワンテンポ遅らせたほうがいいかもしれない。

 しかしながら、とっさのときがな……こればっかりはしょうがないといわざるを得ないか……

 なんてことをつらつらと頭の中で考えつつ、夕食は終わりを告げた。

 正直、こんなにアレコレ悩んで疲れる夕食って今までなかったんじゃないかな?

 いやまあ、思考遊戯は頻繁におこなってるけどさ、それとはちょっと違う気がするんだよね。

 そして夕食後、いつもなら模擬戦をしている時間帯だが、今日は無理だね。

 というわけで、普段は夜連でしている勉強や筋トレをすることにした。

 このときも、御者や護衛のお姉さんたちは「あのアレス様が勉強や筋トレだなんて……」って顔を懸命に表に出さないように堪えていたみたい。

 ……ただ、それを察することはできちゃったけどね。

 そんな感じで時間が過ぎ、そろそろ風呂に入ろうかといったところ。


「じゃあ、そろそろ風呂に入ってくる」

「そうですか……では、お背中を流しましょうか?」

「えっ!? いや、そんな……必要はない! 大丈夫だ!!」

「……そうですか」


 何を言い出すんだルッカさん……

 それはあまりにもあんまりじゃないですか……

 もし俺が断らなかったらどうするつもりだったんですか?

 俺だっていっぱしの男ではあるんですよ!?

 ……それとも、俺が断ることを見越していたとか?

 ふむ、あのしれっとした顔……可能性はあるな。

 うむぅ、なかなかに困ったお姉さんだ。

 そんなふうに、ああだこうだと思案しながら風呂に浸かることになってしまった。

 ああ、ロイターたちとワイワイしながら入る風呂のなんと気楽なことだったか……

 ふと、そんなことも考えてしまった。

 そうして風呂から上がったあとは、しばらく読書をして精密魔力操作に取り組む。

 ただ、俺自身どうにも気持ちが落ち着いていないためか、それが魔力にも伝わっているようで、妙にザワついた語らいとなってしまった。

 こうして精密魔力操作を寝る時間ギリギリまで続けた。


「そろそろ寝ることにするから、そなたらも寝るといい」

「そうですか……それでは失礼いたします」


 そういって、お姉さんたちは護衛をひとり残して、つながっている隣の部屋へと移動する。

 なんというか、貴族とかが利用することも想定されているのか、主人用の部屋と従者用の部屋がつながっているんだ。

 そのため、何かあればすぐに駆け付けられるようになっている。

 とはいえ、魔纏を展開しながら寝る俺にはほぼ関係ない話だろうけどね!


「防御用の魔法を展開しながら寝るから、そなたも寝てよいのだぞ?」

「いえいえ~そういうわけにはいかないので~お気遣いありがとうございます~」

「……そうか」


 そういうわけにはいかないんだってさ……それなら仕方ないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る