第291話 これってわざとなの?

「元気な朝は、元気な目覚めから始まる! そうだろう!?」


 なんていいながら、キズナ君のほうを向こうとしたが、その寸前にいないことを思い出す。

 ついね、クセになっちゃってるからさ。

 そして今日は闇の日、実家へ向けて出発の日である。

 そこで原作アレス君の記憶を参考にすると、これから3週間ぐらい馬車の旅が続くみたい……

 正直、馬車よりもフウジュ君でひとっ飛びしたほうが圧倒的に速いだろうにって感じだ。

 とはいえ、伝統とかいろいろあるんだろうから、それについて俺がとやかくいえることはないのだろう。

 ただ、面倒なのは確かだよね。

 しかも、そのあいだソエラルタウト家モードで周りの人と接しなきゃいけないとか……ルッカさんへの初期対応はマジでミスったな。

 いやまあ、男相手だったら割とどうでもいいんだけど、お姉さん相手に尊大な態度っていうのがなあ……申し訳ない気持ちでストレスがたまっちゃう。

 そんなことをアレコレ思いながら着替えをし、朝練のコースへ向かう。


「……久しぶりにひとりの朝練か」


 そう一言呟いて早朝ランニングを始める。

 キズナ君のこともそうだけど、やっぱりいつもいる人がいないっていうのは、なんか調子が狂っちゃうね。

 しっかし、俺ってもっとおひとり様ライフが得意だったはずなんだけどな。

 どうにもここ最近、実家に帰るとなってから妙な切なさを感じてばっかりだよ。

 まあ、それだけこの学園生活をエンジョイしていたってことかもしれない。

 そしてやっぱり、クソ親父が王都にいて実家にいないらしいとはいえ、ソエラルタウト家というのは俺にとって心理的に負荷のかかる場所なのかも。

 その感覚は前世成分強めの俺のものなのか、はたまた原作アレス君のものなのか……そこはなんともいえないところだけどさ。

 そうした取り留めのないことを考えながら、いつもより長く感じる約1時間の朝練を終えた。

 そのあとは自室に戻ってお決まりのシャワーを浴びてから、食堂へ移動。

 当然のことながらここも人が少なく、がらんとしている。

 そんな静かな環境の中で、のんびりじっくり味わいながら朝食をいただく。

 食べ終わったあとは自室に戻り、ルッカさんに指定された時間までゆっくりする。

 ちなみに、帰省の準備は既に……というか常にできている。

 基本的に必要なものはマジックバッグに全部入れてあるからね、わざわざ特別に用意しなくてもいいって感じさ。

 とかいってるうちに、いよいよ出発の時刻が近づいてきた。


「それじゃあ、行ってきますかね」


 なんとなく、誰もいない部屋に挨拶的な呟きを残して部屋を出る。

 そして学園内の馬車乗り場へ移動する。

 そこには、昨日ほどではないが、結構な数の馬車が停まっている。

 これらもみんな実家に帰るんだな。

 なんて思っていると……


「これでアレスも出発か」

「アレスさんなら心配ないでしょうけど、道中お気を付けて」


 ロイターとサンズが見送りに来てくれた。


「お前らは昼に出発だったか」

「そのとおりだ」

「たぶん、僕らが最後のほうになると思いますね」

「そうか、お前らも気をつけてな」

「ああ」

「はい」


 そんな別れの言葉を2人と交わしていると、もうひとり見送りに来てくれた人がいる。


「アレス君、元気でね」

「エリナ先生! ありがとうございます!!」


 まあ、先生たちはそれぞれ受け持っている生徒みんなに対して見送りをしているみたいだけどさ。

 それでも、出発前にエリナ先生と逢えたのは嬉しいものである。

 また、俺が日頃お世話になっている職員のお姉さんたちも、時間を見つけて見送りに来てくれた、これも実にありがたい。


「……アレス様、出発の準備ができました」

「そうか、分かった」


 ついに出発のときがきたようだ、というわけで見送りに来てくれたみんなに、最後の挨拶をする。


「……準備ができたようなので、私もそろそろ出発します。今日は見送りに来ていただきありがとうございます! 後期にお会いしたときは、またよろしくお願いします! それではみなさん、お元気で!!」


 こうしてみんなに見送られながら馬車に乗り込み、出発する。

 なんというか、この離れがたい気持ち……これが後ろ髪引かれる思いというやつなのだろうか。

 そんな感傷にしばらく浸り、その後改めて意識を馬車に向けてみる。

 まあ、侯爵家として恥ずかしくない立派な馬車って感じ。

 そして、人員はルッカさんのほかに御者が1名、護衛が6名。

 原作アレス君が実家から学園都市に移動してきたときもこれぐらいの人数だったし、帰省するほかの生徒もこんな感じだったので、これがスタンダードなのだろう。

 ただ、気になるところがあるとすれば8人全員が女性……つまりお姉さんしかいないってことだ。

 ……ねえ、これってわざとなの?

 俺がお姉さん相手にソエラルタウト家モードでいるのがストレスだってこと……まあ、知ってるはずもないか……

 ああ、これからの約3週間……ある意味この世界に来て一番のストレス展開かもしれない。

 せめてオッサン騎士の1人でもいてくれれば、なるべくその人を通じて意思疎通を図れただろうに……

 そして基本はクールなアレス君を決め込むだけでよかったのになぁ……

 それとも、これは何かを試されているのか?

 極端な話、何かの罠か?

 ……義母上、あなたは私に何を望んでおられるのですか?


「アレス様、顔色が優れないようですが……」

「いえ、大丈夫で……ある」

「……そうですか」


 あっぶね、危うく丁寧めな物言いが出てしまうところだった。

 はあ……こんな調子だと、先が思いやられちゃうね。

 ああ、そうそう、今回迎えに来てくれたお姉さんたちだけど、スマートになった俺の姿を見てみんな平静を装っていたけど、一瞬言葉を失っていたね。

 フッ、どうだい、びっくりしただろう?

 なんてくだらないことを考えて気分を紛らわせることしかできなかった……

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