第289話 慈愛のこもったまなざし
「おはようキズ……ナ君……そうだった、昨日からエリナ先生の研究室に行ってるんだったっけ」
つい、いつもの調子でキズナ君に朝の挨拶をしようとしてしまった。
この夏休み中のあいだ、キズナ君のいない生活にも慣れなきゃだね。
そんなことを思いつつ光の日が始まる。
そして今日は、前期の終業式である。
俺がこの世界に来てもうそんなになるのかという感覚と、まだそんなもんかという感覚が半々って感じだ。
まあ、原作アレス君だってこの時期は普通に悪役を務め始めたばっかりだし、追放はまだまだ先だもんね。
とはいえ、追放なんかされるつもりもないけどさ。
そうじゃないと、エリナ先生とも会えなくなってしまうだろうし、この世界で仲良くなった人も徐々に増えてきたからね、それらの関係を手放したくはない。
こういった感慨にふけりながら着替えを済ませ、いつもの朝練コースへ向かう。
「よっ!」
「おはよう」
ファティマと朝の挨拶を交わし、早朝ランニング開始である。
「お前とパルフェナも今日、領地へ向けて出発か」
「あら、寂しくなってしまったかしら?」
「……まあなあ、しばらくお前ともこうして朝練をすることもないんだろうしな」
「ふふっ、今日はいつになく素直ね」
「いやいや、俺はいつだって正直者のアレス君だぞ?」
「そうねえ……そういうことにしておきましょうか」
「ああ、そういうことにしておけ」
なんというか、いつのまにかこうしてファティマと毎朝会うのが当然の日課になっていたし、不思議なもんだよな。
「とりあえず、終業式が終わったあとにソイルたちのことも含めて見送りをするつもりだし、そのときもいうと思うけど、気をつけて帰れよ」
「そうね、ありがとう」
「といいつつ……お前なら大丈夫だろうけどな!」
「あらあら、か弱い乙女になんてことをいうのかしら」
「か弱い……お前がか?」
「ええ、もちろんよ」
「……そ、そうだな」
ファティマさん……か弱い乙女の笑顔はそんなに威圧感のあるものじゃないと思うんだ。
「何かしら?」
「いえ、なんでもありませんです、はい」
やっぱり俺自身、ファティマとのこういった軽妙なやりとりに面白みを感じているっていうのも大きいんだろうな。
「それはそうと、あなたもこの夏休み領地に帰るのでしょう?」
「ああ……もともと帰るつもりはなかったんだがな」
「あなたこそ気をつけなさいよ? たぶん、学園で力を見せ始めたことで急に擦り寄ってくる人もいるでしょうし、ほかの後継者候補の陣営からは警戒……場合によっては何かしらの妨害を受けるかもしれないし」
「後継者とか、俺にそのつもりはないんだけどな……」
「あなたになくても、周りはそうじゃないもの」
「まあ、そうだよな……分かった、気をつけておくよ」
「ええ、それがいいわ」
こうして夏休み前ラスト、約1時間のファティマとの朝練が終わりを告げた。
これも次は夏休み明けになるんだろうね。
そう思いつつ、自室に戻ってシャワーを浴びてから食堂へ。
「よっしゃぁ! これで前期を乗り切ったぜぇ!!」
「……成績ガッタガタで乗り切ったっていえるのかなぁ」
「そんなのどうでもいいんだよ! また後期頑張ればいいだけだし!!」
「……前期を頑張れなかったのに、後期で頑張れるのぉ?」
「いやいや、俺はただ本気を出してなかっただけだし!」
「……本気の出し方、覚えてる? 忘れてない?」
「だ、大丈夫だって……たぶん!」
「……ああ、心配だなぁ」
前期が終わりということで、あちらこちらでそれに関する会話が繰り広げられている。
まあ、みんなそれぞれ悔いのない夏休みを過ごしてくれたまえ!
俺としては、魔力操作がお勧めだけどな!!
こうして朝食をいただいたあとは、終業式である。
前世と同じように、学園長のありがたくも興味のないお話なんかを聞かせてもらえるのだろうね。
……なんていったら悪いよね。
そんな感じで全学年が運動場に集まり、前期の終業式が執り行われる。
内容的には前世とあんまり変わんない。
そして、前世だと退屈極まりなかった時間でも、今の俺には魔力操作があるから余裕だ。
とまあ、魔力操作の片手間で話を聞いているうちにスンナリと前期の終業式は終わった。
そのあとは教室に戻ってホームルーム。
これでエリナ先生ともしばらくお別れなんだなぁ……
よっしゃ! 前期最後の話をしっかり聞くぞ!!
そうして、エリナ先生の短くも大切な言葉の数々をしっかりと心に刻みつけていく。
「……それじゃあ、前期はこれで終わりよ。夏休み後にまたみんなと会えるのを楽しみにしているわね」
はい! 俺もエリナ先生に会えることを楽しみにしています!!
こうして本当に、1年の前期が終わった。
このあと、すぐさま馬車に乗り込んで領地に帰る奴や、昼食を食べてから帰る奴などいろいろである。
ちなみに、ファティマたちとソイルたちはお昼を食べずに出発する組とのこと。
まあ、終業式も比較的早く終わって、まだ完全に昼ってわけでもないからね。
そんなわけで、これから出発するみんなをお見送りだ。
まずはソイルたち。
「アレスさん! それに、みなさん! この夏休みでさらに魔法の腕を上げられるよう頑張ります!!」
「今度は負けねぇかんな!」
「そのとおりだよぉ!」
「……世話になったな」
そう言葉を残し、ソイルたちは領地へと旅立って行った。
お次は、ファティマとパルフェナだ。
「それじゃあ、ひとまずのお別れね」
「しばらく会えなくなるのは寂しいけど……みんな元気でね!」
こうして、ファティマたちも領地へ向けて出発した。
そして2人の乗った馬車が見えなくなるまで見送る。
「ロイターよ、しばらくのあいだ寂しくなるな」
「アレスさんのいうとおり、ここしばらく一緒にいる時間が長かったですからね」
「……そうだな、今の私にできるのは旅の無事を祈ることぐらいだろう」
そういいながらロイターは、ファティマたちを乗せた馬車の進んだ方向へ慈愛のこもったまなざしをしばらく向け続けていたのだった。
……正直、もうちょっとイジる感じになるかと思ったんだけどね。
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