閑話9 エリナはお願いする

「エリナ先生、少しよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 Dクラスの担任教師が、私の研究室に訪ねて来た。


「うちのクラスのソイルなんですが、先ほどヴィーンのパーティーから追い出されまして……」

「解散ではなく、追い出されたのですか……」

「はい……もともとあのパーティーは雰囲気もあまりよくなくて、同じくDクラスのトーリグとハソッドとも上手くいっていなかったので、俺も気にはかけていたのですが……やっぱり駄目だったみたいで……」

「そうですか……」

「それで、今回のことでソイルが精神的に追い詰められてしまうのではないかと心配なのですが……俺が1日中様子を見るっていうのもほかの仕事との兼ね合いで難しく……そこで、もしよかったらエリナ先生も時間に余裕があるときだけで結構なので、ソイルのことを気にしてやってもらえませんか?」

「分かりました、私もソイル君のことを気にかけておきます」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

「いえ、お気になさらず」


 この時期は野営研修などを経て、合わないからとパーティーを解散することもよくある。

 ただ、ソイル君の場合はそれよりも深刻な状況みたいね。


「お忙しいところすみませんが、よろしくお願いします、それでは」

「ええ、それじゃあ」


 そういえば、彼はクラスの担任を持つのが初めてだったかしら……やっぱり、最初はいろいろと慣れないこともあるわよね。

 などと思いつつ、ソイル君にも注意を向けることとなった。


 その後、時間のあるときにソイル君の様子を見ていたときのこと。

 庭園のベンチで項垂れているソイル君にアレス君が気付いた。

 どうやら、アレス君もソイル君のことが気になったようで、隠形の魔法で姿を隠して様子を見てみることにしたみたい。

 隠形の魔法も少しずつ上達しているみたいね、感心感心。

 そんなことを考えていたら……


「アレス・ソエラルタウトだと? なぜ奴が……」


 少し離れたところから男性の声がしたので、そちらに意識を向けてみた。


「これはしくじったか……」


 私に気付かれたのがよほどマズいと思ったのか、そう呟いてこの場を去ろうとする男性。

 どうやら不審者みたい、これは追いかける必要がありそうね。

 でも、ソイル君のことも気になる……いつもより悲壮感を漂させていたので、なおさら。

 そこでふと、アレス君の存在に思い至る……そうか、アレス君なら!!

 それで答えは決まった、不審者を追う。


『アレス君……ソイル君のこと、お願いするわね……』


 そう声にならない程度の小さな呟きを残して、不審者の追跡を開始する。

 そうして逃走中の不審者を追っていると、なんとなくアレス君の返事が聞こえた気がする……我ながら都合のいいものね。

 ただ、それによってわずかに残っていた心配も完全になくなり、追跡に集中できた。

 そうして、学園都市からいくらか離れたところで、逃げ切れないと悟ったらしい不審者が立ち止まる。


「やれやれ、しつこい人だ……まあ、女性に追いかけられるのも、それはそれで悪い気もしませんがね」

「あなたは何者で、学園で何をしていたのかしら?」

「そうですね……学園の見学といったところでしょうか?」

「アレス君にやたらと驚いていたみたいだけれど?」

「それはそうでしょう、彼の悪評はいろいろと耳にしていますから……驚かないほうがどうかしています」

「そう……私も暇ではないので、つまらない問答はこれぐらいにして……あなた魔族よね? そして、狙いはソイル君の魔力といったところかしら」

「……なんだ、知っていたのなら、わざわざ聞く必要もなかったでしょうに……学園の教師というのはよっぽど暇と見える」

「あら、やけにあっさりと認めたものね?」

「はい、どうせあなたはここで終わりなのですから……少々名が売れているからと調子に乗り過ぎましたな」

「まあ、それは恐ろしい」

「ははは、そういいながら、私に勝てると思っているところが実に滑稽だ、さすが劣等種族! 実に面白い! これだから劣等種族で遊ぶのはやめられない!!」

「遊ぶ?」

「そのとおり! この際だから教えてあげましょう……実は私、ランジグカンザ家でヴィーン付きの使用人をしておりましてね……ソイルが孤立して精神を病むよういろいろ画策していたのですよ」

「画策……」

「そう、それで最初は思考誘導の魔法で一発だと思っていたのですが、周りの大人はともかく、あの少年たちには効きが悪くてね……いやあ、これは攻略のしがいがあると嬉しくなったものです……それで、言葉による誘導に力を入れるようにしまして……これに関しては、思考誘導の魔法で失敗した者が最近いたようなので、むしろ早くから言葉に切り替えておいて運がよかったといえるかもしれません……ただ、あの少年たちはなかなか強情でね、言葉による誘導もなかなか苦労しましたよ……そんなあるとき、ソイルが魔法の暴発を起こしまして、私は『ここだ!』とばかりに暴発に紛れてヴィーンに怪我を負わせたのですよ……そこからですね、トーリグとハソッドが私の言葉に乗るようになったのは……ははっ、あれは実に愉快でした! ヴィーンを傷つけたのは、ほかならぬ私だったのですからね! それを知らず彼らは……くっくっくっ……ははははは!!」

「なるほど、よく分かったわ」

「おやおや、もういいのですか? ご希望とあらば、もっと細かくお話しして差し上げてもよろしいのですよ?」

「そうね……それはあなたを拘束してから、王国の捜査員にゆっくりと聞かせてあげてちょうだい」

「それはできません、先ほども申しましたように、あなたはここで終わりなのですか……ら?」

「自慢話に夢中になるあまり……私が風の鎖を展開していたことに気付かなかったようね? ふふっ、あなたもなかなかに滑稽だったわよ?」

「ぐぬぅ! 劣等種族の分際で、バカにしおってぇ!!」

「あまり無理に動こうとしないほうがいいわ、締め付けがより厳しくなるから……それに、魔力もかなり強く込めてあるから、簡単には解けないはずよ」

「こんなものぉ! ぐぐっ! ぐぞぉ!!」

「それじゃあ、ひとまずおやすみなさい……」

「ぐ……ぐ……っ……ぞ……ぉ……」


 なんとか魔法で眠らせることに成功したわね……でも、最後は危うく自爆されるところだった。

 覚悟を決める寸前に眠らせることができたのは幸いだったわ。

 まあ、こんなふうに拘束できたのも、彼が貴族家に入り込むことに集中していて、実戦から遠ざかっていたからかもしれない。

 あとは、人間族を侮り過ぎたってところかしら。

 とはいえ、おそらく末端……あまり多くの情報は持っていないでしょうね。

 ただ、これによってソイル君に迫る危機は排除できるはず。

 そうして、王国の捜査員に魔族を引き渡し、私も日常に戻る。

 アレス君のことだから大丈夫だと思うけれど、それはそれとしてやはり気になることは確かだものね。

 そして、アレス君とソイル君が通路を歩いているところを見つけた。


「……うぅ、お尻が痛いです」

「そうか、それが青春の痛みだ、よかったな!」

「……よくないですよぅ」

「仕方のない奴だな……回復魔法をかけてやるから、その感覚を覚えろ」

「……回復魔法の習得もですか……僕なんかにできるようになるのかな……」

「おい! その『僕なんか』というのもやめろ!!」

「えぇ……でも……」

「まったく、お前という奴は……よっぽど俺にケツを蹴飛ばされるのが趣味と見えるな」

「はいっ! 金輪際『僕なんか』といいません! いいませんとも!!」

「……うむ、それでいい」


 ふふっ、ソイル君のことは、このままアレス君に任せたほうがよさそうね。


「アレス君……改めてソイル君のこと、お願いね」

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