第278話 軟弱者克服講座

「うわぁ、タイミングわっる……」

「ソイル君……大丈夫かな?」

「まあ、今のソイルならパワーで黙らせられるんじゃね?」

「運動の結果も踏まえると、彼は魔力だけの人ではないようですし」

「それでも、心配だよぅ」

「あら、ソイルがヴィーンに向けるあの切なげな眼差し……なかなかいいじゃない」

「えぇ……」

「でも、私もちょっといいかもって思っちゃった……」

「アンタもなの……?」


 そんな周囲のざわめきの中、ヴィーンは無表情を貫きながら、歩いてくる。

 だが、奴の顔を注意深く見ていたら一瞬だけ、ほんのわずかな瞬間ではあるが、表情に憂いの色が浮かんでいたのを見逃さなかった。

 そして取り巻きの2人は、今回の試験がよっぽどこたえたのか、いつもの攻撃的な態度は鳴りをひそめ気まずそうにしている。

 まあ、もしかするとマヌケ族が始末されて誘導を受けることがなくなり、目が覚めたって可能性もあるか。

 そして……思えば俺がソイルに軟弱者克服講座を受講させてから今までずっと、ソイルはヴィーンたちのことを気にしていた。

 そうだな……感激して泣き出すとなかなか止まらないなど多少は軟弱者なところも残っているが、そろそろ講座を修了させてやってもいいだろう。

 よし、それじゃあここで講座の最終回といこうじゃないか!


「ソイルよ……ヴィーンにパーティー復帰を交渉してみたらどうだ?」

「えッ!?」

「お前、今でもヴィーンのことを慕っているんだろ? 本当は戻りたいんだろう?」

「そ、それは……」

「お前が能無しなんかじゃないってことは証明できたんだ、それなら堂々と戻れるはずだ! いや、むしろお前が新しくパーティーを作って、そこに誘ってやればいい! 今度はお前がリーダーだ!!」

「そんなムチャな……」

「ええい、知るか! とっとと行け!!」

「は、はひぃっ!」


 なんとなく勢い任せで、ソイルをヴィーンの下に向かわせた。

 大丈夫だ、ヴィーンだって本当はお前を大事に想っているはず。


「……」

「……あの、ヴィーン様……えっと、その……もう一度……また、前のように、一緒にいさせては……もらえま……せんか?」


 かなりの緊張があるようで、たどたどしいソイルの言葉。


「……私に、お前と共にいる資格などない」

「そんな……資格とか……そんなの……関係、ありません!」

「……私は、お前を見捨てた男だ」

「それは! 僕の不甲斐なさが……原因です!」

「……私は、お前の本当の力を引き出してやれなかった男だ」

「いいえ! そうではありません! 僕が! ヴィーン様の優しさに甘えていたのがいけなかったのです!!」


 なんか、問答を繰り返すうちにテンションが上がってきたみたいだね、たどたどしさもなくなってきているよ。


「……だが」

「お願いです! もう一度僕を! ヴィーン様のお傍に置いてくださいッ!!」

「…………私は……情けない男だぞ?」

「情けなさでは僕も負けていません! それに、それならこれから僕と一緒に克服していけばいいんです!!」

「………………本当に…………こんな私で……いいんだな?」

「ヴィーン様がいいんです!!」

「……………………分かった」


 おぉっ! ついにヴィーンが認めたぞ!!


「わぁっ! よかったねぇソイルきゅん! ホントによかったねぇ……」

「うんうん、感動でこっちまで泣けてきちゃった」

「……ソイルって、あんなに熱い男だったのか」

「特にあの、『ヴィーン様がいんです!!』っていうのにはシビれたよね!」

「ああ、美しき君臣の絆にございます」

「……いい」

「そうね……実にいいわね」


 そして、周囲からも祝福ムードが漂う。

 ただ、そんな中で諦めたような顔をしている奴が2人いる。


「……完敗だ」

「……やっぱり、ヴィーン様にとっての一番がソイルだってことは、最後まで揺るぎなかったねぇ」


 まったく、ここにも軟弱者がいたか……やれやれだよ。

 そう思いつつ、ヴィーンの取り巻きの2人に近寄り……


「お前ら! 何が『ヴィーン様にとっての一番がソイル』だ! つまらんことをメソメソいってるんじゃない!!」

「な、なんだよ……」

「あなたのような立場の人に、僕らの気持ちは分かりませんよ……」

「ああ、分からんな! だが、それがどうした! そんなもん、これからの頑張りでひっくり返せばよかろう!!」

「そんなこと、できるわけ……」

「相変わらず、無理をいう人だ……」

「無理だと? じゃあ、お前らがあんなに役立たずの能無しだとバカにしていたソイルが、この短期間で結果を出したのはなんだというのだ! それともあれか、ソイルはもともと保有魔力量に恵まれていたからだとでもいうつもりか? まあ、確かにそれはそうだろう! だが、その膨大な魔力を使いこなすのも簡単じゃない! むしろそのせいでソイルが魔法の暴発にいつも怯えていたのはお前らがよく知っていることだろうが!!」

「それは……」

「そうですけど……」

「それにお前らだって、男爵家として恥ずかしくない保有魔力量なんだろ? この世界の基準で見れば、お前らだってじゅうぶん魔力に恵まれているんだ! それならやることは一つ!」

「「魔力操作だ!!(ですね!!)」」

「……おい、ロイターにサンズよ……なぜ一番いいところを持って行った?」

「うむ、一番いいところだからだ」

「はい、一番だからですね」

「むむっ……ま、まあいい……とにかく! 1度や2度負けたぐらいで諦めんな! ソイルより腕を上げて、実力でヴィーンの一番をもぎ取ってやれ!!」

「実力で……」

「もぎ取る……」

「そうだ! まだまだソイルを追い抜くチャンスはいくらでもある! だから、これから必死に魔力操作に取り組め! それに、もうすぐ夏休みだ、とことん魔力操作に取り組むにはちょうどいいな!!」

「……そうだな、ソイルに負けっぱなしも面白くねぇ!」

「確かに……僕もソイルなんかに負けてられない!」

「そうだ! その意気だ!!」


 よし、あとはこの2人の頑張り次第だな。

 それじゃあ、最後にもう1人いっとこうか。


「さて、ヴィーンよ……今回はソイルの想いに免じてお前のパーティーに戻ることを許すが、この先お前がソイルに相応しい男でないと判断した場合、そのときは容赦なく引き抜くからな! そのつもりで覚悟しておけ!!」

「……分かった」

「そして! 背中で語るのも結構だが、もう少し気持ちを言葉にしろ!!」

「…………善処する」

「よし! その言葉、忘れるなよ!!」

「……話は決まったみたいね、それじゃあソイル、せっかくそっちに戻るのなら、私たちを脅かすぐらいのパーティーになりなさい」

「うむ、楽しみにしているぞ!」

「ソイルさん、パーティーとしてだけでなく、個人的にもライバルとして切磋琢磨していきましょう!」

「寂しいけど、ソイル君が決めたことなら応援するよ! でも、魔法の練習とか模擬戦とか、また一緒にやろうね!!」

「皆さん……本当に、本当に、今までありがとうございます! そして、これからもよろしくお願いします!!」


 こうしてソイルは、ヴィーンのパーティーに復帰を果たしたのだった。

 そして、いつもどこか悲し気な顔をしていたソイルが、今は自信に満ちた輝かんばかりの笑顔になっている。

 きっと、これでよかったんだ。

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