第272話 もうすぐだから

「……」

「……ヴィーン……様?」

「なん……で?」


 王女殿下一行が大きく後退し、ほどなくしてヴィーンも走るペースを落とした。

 その様子を、ソイルも心配そうに見つめている。


「この……ままだと……あの……野郎に!」

「負けて……しまいます!!」

「お前たちはもう、限界に達している」

「……まだッ!」

「……やれますッ!」

「瘦せ我慢はよせ、お前たちは既にいつ気絶してもおかしくない状態のはずだ」

「「……ッ!!」」

「それに……そろそろ認めてやるべきではないか? ソイルは本来の実力を取り戻したのだと」

「なッ!?」

「そ、それは!!」


 あれ? あれれれれ!?

 ヴィーン、お前って何を考えてるのかイマイチよく分かんない奴だったけど……そういう感じだったの!?

 ということは……昨日の魔法の試験でソイルの結果に表情を柔らかくしていたように見えたのは、俺の気のせいじゃなかった!?


「ヴィーン様……」


 そして、そんなヴィーンの言葉を聞いたソイルも、ちょっとウルっときてるみたい。

 まあ、ソイルはずーっとヴィーンたちのことを気にしてたからねぇ。

 そうして、ヴィーン一行も先頭集団から後退していくこととなった。


「ソイル……少し集中が乱れているようね」

「あっ、すいません!」


 ヴィーンたちのことを気にして、ソイルの気持ちが試験から逸れかけていたところで、ファティマの一言。

 これによって、ソイルは再び走ることへ意識を向けることができたみたいだ。

 うん、さすがファティマさんといったところだね。

 そして、これまで先頭集団に残っていたあの賑やかな4人組にも動きがあるようで……


「……俺も、そろそろキツくなってきたな」

「う~ん……あともう少し、だったんだけどね」

「完走するためには……ここで無理をするわけにもいくまい」

「やった! これで楽ができる!! ……ホントいうと、ボクとしてはここでリタイアしてもいいんだけどな~」

「……お前だけペースを落とさず、先に行ってもいいぞ?」

「が~んばれっ!」

「本当に……体力のある奴だ」

「えッ!? 嫌だよめんどくさい!! ……それにほら! 王女殿下とかもみんなに合わせてたし? だからボクも、キミたちと一緒さ!!」

「まったく、お前って奴は……」

「しょうがないなぁ」

「フン、お前ならトップも狙えたかもしれないのにな……」


 今、午後8時を知らせる鐘が鳴らされた……あと1時間で試験終了だったというわけだね。

 残念ながら、あとちょっとのところであの賑やかな4人組は、なんとなくハートウォーミング? かもしれないやりとりの末、先頭集団から離れていくこととなってしまったわけだ。

 それにしても、ここまで先頭集団に残れたということは、彼らもこの試験に向けてだいぶ走り込んできたんだなぁって思う。

 だからこそ昨日、走ることに目覚めたようなことをいってたことにも納得させられるというものだ。

 また、彼らと同じように、あと少しというところで先頭集団から後退を余儀なくされる生徒たちがいる。


「……どうやら、残ったのは僕たちだけのようですね」

「ああ、そうみたいだな」


 シュウという名の武術オタクのメガネが話しかけたきた。

 まあ、今までも実力者っぽい雰囲気は漂わせていたからな、何も不思議ではない。

 それに、シュウのパーティーメンバーであろう武系令嬢たちも、その辺の小娘とは面構えが違う。

 いや、みんな容姿はキレイな子たちだからね!!

 ……もしかしたら、ゴリラみたいな女の子たちを想像されてしまったかもしれないから、念のためいっておいたけど。

 ただまあ、なんていうのかな……目が鋭いというか、ヤンキー感のある子とかもいるからさ……


「あ? なんか文句あんのか?」

「いえ、なんでもありません」


 やべぇ、ガチだった。

 なんとなく、ヤンキー感のある子と目が合ったら、こんな反応だった……こ、怖くなんかないもんね!

 うちにだって……その辺の小娘とは一線を画す武系令嬢がいらっしゃるのだから!!

 そんなことを思いつつ、なんとなく後ろに目を向けてみると……


「ふふっ、何かいいたそうね?」

「どしたの? 話なら聞くよ?」

「あ、いや、なんでもない」


 そんな凄みのある笑顔でいわれてもねぇ。


「……なるほど! これがアレスさんの顔のうるささですか!!」

「ほう、ここにきてそれに気付くとはな」

「ソイルさん、やりましたね! アレスさん検定3級です!!」


 ファティマとパルフェナには凄みのある笑顔を向けられ、ロイターたち男子3人には表情でイジられる。

 それと検定ネタ、まだ有効だったんだね……


「ふふふ、アレス君のパーティーはいつも楽しそうですね」

「まあ、それなりにな……だが、お前のパーティーも悪くはなさそうだ」

「そうですね、みんな元気がいい子たちですから」


 そこでふいに、先ほどのヤンキー感のある子と目が合えば、迫力のある笑顔を返してくる。


「元気、か……ははっ……そ、そうみたいだな……」

「はい」


 こいつはこいつで、のほほんとした笑顔を返してきやがるし……


「な、なあ……アイツらって、なんであんなハイペースで走ってるのに、雑談する余裕があるんだ?」

「分かんない……けど、普通じゃないってことだけは分かる……」

「やっぱ、シュウたちもヤベェ側の人間だったってことだな」

「僕なんかは、割と前からそう思ってたけどね」

「何その、前から知ってましたアピールは?」


 そんなギャラリーと化した小僧どもの会話も耳に入れながら、残りの1時間を走り切った。

 そして結局最後まで、俺たちのパーティーとシュウたちのパーティーで先頭集団を維持したままだった。

 また、これで運動の試験が終わったということで……


「さて、俺にはやらねばならんことがある……悪いがこれにて失礼させてもらう!!」


 そういって試験終了の感慨もなく、ダッシュで食堂へ移動した!

 もうすぐ! もうすぐだから待ってて腹内アレス君!!

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