第269話 運動の試験モードに切り替える

「おはようキズナ君! 今日は運動の試験だ! これが前期試験の最後だし、しっかり頑張ってくるよ!!」


 元気にキズナ君と挨拶を交わし、火の日が始まる。

 そしていつものように、朝練としてファティマとランニング。


「昨日の魔法の試験、ソイルも自信を持って試験を受けることができたし、俺たちもそれぞれ結果を残せたし、最高だったな!」

「そうね……昨日の反省会であなたがソイルを褒めたとき、喜びのあまり彼が泣き出したのは印象深かったわ」

「そうだったな……ただ、恥ずかしがるだろうから本人の前ではあまりいえないだろうな……イジりたいけど」

「ふふっ、そうね……パルフェナももらい泣きしていたことを指摘すると照れだすでしょうし……ここだけの話としておきましょう」


 そうなのである、昨日夕食後のランニングを終えて反省会をしたときにソイルを褒めてやったのだが、これでもかってぐらい笑顔を輝かせながら泣き出すという高等テクを見せてくれたのだ。

 まあ、それだけ苦しんできたということなのだろうな。

 それゆえの涙……悪くなかったね。

 そして感受性の強さからか、パルフェナはもらい泣き。

 ロイターとサンズは満足げな顔でうんうんと頷き、ファティマは当然の結果だといわんばかりの落ち着きを見せていたのだ。

 まあ、あまりにもソイルが泣き過ぎるので最終的に背中を引っ叩いてやったけどね。

 そのとき椅子に座ってなかったらケツを蹴飛ばしてたところだ。

 とまあ、昨日はいい感じで盛り上がった反省会だった。


「そして今日の運動の試験……これはどれだけ頑張れるかの根性勝負といったところか」

「そうね……でも、いつもどおりに魔力操作でしっかりと回復しながら走れば、それで充分なはず」

「だな」

「あとは、ソイルが実力を示したことで、メンツを潰された格好のヴィーンたちの反応が少し気になるってところかしら」

「メンツか……確かにそうだな」


 今回の「役立たずの能無しとして追い出した奴が、移籍先で急に実力を発揮し始めました」って展開は、俺自身も異世界あるあるを意識していた部分が少なからずあった。

 加えて、ざまあされた奴が何かしら仕掛けてくるって展開も異世界あるあるだろう。

 それと、ここしばらく魔力探知なんかも使いながら様子を見ていたが、マヌケ族の気配はまったく感じられなかった……そう考えると、ソイルの追放に関してはマヌケ族の暗躍はなかったのかもしれない。

 いや、何か動きがあるのはこれからという可能性もあるのか。

 やはり、試験が終わったら一度エリナ先生に相談してみるか……そもそもいないのか、このまま俺だけで探しても見つかりそうもないしな。


「ただ、先生たちの目もあるし、試験中にそこまで大それたことはしてこないと思うわ」

「まあ、そうだろうな……とりあえず、注意しておくといったぐらいかな?」

「そうね」


 そんな感じで、一応の警戒だけはしておくということで合意した。

 こうして、1時間ほどのランニングをこなして朝練を終えた。

 そのあとは、いつもどおりに自室でシャワーを浴びてから、朝食をいただきに食堂へ。

 そういえば、今日は夜の9時まで走りっぱなしになるんだよな。

 ということはつまり、昼は抜きで夜も遅くってなるわけか……そう思った瞬間、腹内アレス君が猛烈に嫌そうな反応を示した。

 ……ごめんだけど、我慢してくれないかな?

 その代わり、試験が終わったら思いっきり食べていいからさ! ね? お願い!!

 そんな交渉をしばらく続けていた。

 そうした粘り強い交渉の末、腹内アレス君は渋々……本当に、仕方なくという感じで了承してくれた。

 ありがとう! 試験が終わったらいっぱい食べるからね!!

 また、食堂内のあちらこちらでソイルトークが繰り広げられていた。


「ソイルの野郎、今まで実力を隠してやがったんだな!」

「ていうかさ、ヴィーンのパーティーから追い出されたっぽく見えてたけど、今にして思えばあれもわざとだったのかな?」

「えぇ……必死にヴィーンに縋ってたあれも、迫真の演技だったってこと?」

「もしそうなら、演技派過ぎというものですね……」

「いや、でもさ……仮にそうだとしても、それでファティマちゃんのパーティーにすんなり入れてもらえるもんなの?」

「そりゃぁ、実力を示せば入れてもらえるんじゃねぇのか?」

「やれやれ……貴殿らには一つ、大きな見落としがあるようですな」

「大きな見落とし?」

「そう……あの奇行子殿がソイル殿を引き抜いたって可能性をね」

「なっ!?」

「ま、まさか……」

「分かんない! 何それ!!」

「おそらく……あの2人は、以前からつながりがあったのでしょうねぇ、ですがソイル殿は家の関係上ヴィーン殿とのつながりがなかなか切れずにいた……だからこそ、あのような能無しを演じていたと考えれば、つじつまが合うと思いませんか?」

「な、なるほど……」

「ひどい! そんなのってないよぉ!!」

「……そう考えると、ヴィーンもかわいそうな奴だな」


 えぇ……想像力がたくまし過ぎませんかね?

 でもなんか、それも悪役っぽいなって気もしてくるから不思議だ。


「おいおい……お前らバカか? あの魔力操作狂いがそんなめんどくせぇこと考えるわきゃねぇだろ……本気でソイルが欲しけりゃ、ダイレクトに強奪してたっつーの」

「あっ! それもそうか!!」


 たぶん擁護してくれたんだろうけど……なんだろう、微妙にアホの子みたいにいわれている気がするのは俺だけだろうか?

 まあ、それはそれとして、その言葉によって俺のソイル引き抜き説はアッサリと否定されることとなった。


「まあ、その辺のことは実際どうでもよくてさ……結局のところ、女の子たちにキャーキャーいわれてるソイルがうらやましいだけだよね」

「なんだかんだいって、一番大事なのはそこだよな」

「あ~あ、僕も女の子と2人で食事してみたいなぁ~」

「……お前、一度も食事したことないの?」

「え?」

「あっ……スマン」

「やめて! 謝らないで!!」


 まあね、急にモテモテボーイとなったソイルに嫉妬の感情が芽生えるのは仕方ないことかもしれない。


「しっかし、ソイルの野郎……あんなうらやましい状況であんまり嬉しそうにしてねぇのがムカつくよな?」

「だねぇ、僕なら飛び上がって大喜びするところなのに……」


 ああ、ソイルはその辺の免疫がないからなぁ……戸惑いを隠せないだけだと思うんだ、許してやってくれ。

 とまあ、こんな感じで食事を終えたところで、そろそろ気持ちを運動の試験モードに切り替えるとしますかね。

 ……よっしゃ! 気合を入れてくぞ!!

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