第254話 腑に落ちない

「おはようキズナ君! 今日も空気が美味しいよ!!」


 キズナ君に朝の挨拶をして、無の日が始まる。

 そして今日も休日なので、午前中は自学自習となるわけだ。

 だがその前に、まずは朝練からスタートだね。

 そんなことを考えながら着替えを済ませ、いつもの場所へ向かう。

 その向かった先には当然のように、運動着に身を包んだきゅるんとした少女……ファティマがいる。


「よう、今日も走る気全開みたいだな?」

「おはよう、とりあえず前期試験までは、そのつもりよ」

「なるほど、それじゃあ早速、走るか!」

「ええ」


 こうして今日も、ファティマと並んで走ることに。


「……ところでアレス、魔法の暴発でヴィーンに怪我をさせたことが原因で、ソイルが魔法を上手く使えなくなったという話だったけれど……あなたはどう思っているの?」

「そうだなぁ……まあ、そういうこともあるのかなって感じだったが……なんでそんなことを?」


 先日の模擬戦後の反省会で既に、ソイルが自信喪失した原因の話をしてあるので、ファティマとパルフェナもそれについては知っている。

 しかし、そのことをソイルが克服しつつある今になって、なぜ気にするのだろうかって感じだ。


「私も同じように、最初はそういうものかと思って気に留めていなかったのだけれど……改めて考えてみると、どうにも腑に落ちなくてね……」

「腑に落ちない?」

「ええ、ソイルの件……過剰反応な気がするのよ」

「過剰反応? だが、実際にヴィーンは怪我を負ったのだから、やはりそういう反応になってもおかしくないのでは?」

「武に重きを置いていない文系貴族ならそうかもしれない……でも、彼らはれっきとした武系貴族よ? むしろ、怪我を負ったヴィーンの落ち度ともいえるわ……まあ、だからこそ、ヴィーンもそのときはソイルを外そうと思わなかったのでしょうけれど……」


 そうか、武系貴族ならそれぐらい日常茶飯事でしょって感じかな?

 あれ? でもロイターとサンズも話を聞いてたよな?


「だが、ロイターやサンズも納得していたぞ?」

「それはね……あの2人は自分たちの受けていた指導が普通ではないことを認識していたからよ……だからあの2人も、普通はそういうものかと納得していたのよ」


 あ、ファティマもロイターたちの師匠がヤベェって思ってたんだね。


「……話が逸れてしまったけれど、問題は……確かトーリグとハソッドといったかしら、その2人の反応よ……ソイルを含めて3人、それまで強くお互いを信頼し合っていたのに、割と起こり得る失敗であそこまで態度が変わるのはおかしいと思わない? ……まるで思考を誘導されたみたい」

「……!!」


 そうか、マヌケ族か!!

 エリナ先生の報告によって王国が動いたおかげか、最近はマヌケ族が俺の周りをウロつくことがあまりなかったからな……

 いや、あのうさんくさい導き手をマヌケ族とカウントするかどうかは微妙なところではある。

 とはいえそれを含めても、マヌケ族への意識がいくらか低くなっていたのは認めざるを得まい。

 そして、ソイルの魔法を阻害する魔力に負けるレベルの練度しかないあの2人なら、マヌケ族の思考誘導に簡単にかかってしまってもおかしくはないだろう。

 それにしても、ファティマはマヌケ族の暗躍を知らないはずだよな?

 う~ん……どこかでその話をファティマにしたっけか?


「こうした腑に落ちない部分を考えると……何者かの意図があったのではないか? そんなふうにも思ってしまうのよね」

「……その何者というのは?」


 マヌケ族のことを知っているのか気になったので、探りを入れてみた。


「ソイルとヴィーンを引き離したいと思う者……そうね、例えばヴィーンと後継者争いをしている候補者たち……ヴィーンの実家であるランジグカンザ家の勢力が強まるのを恐れた他貴族家……それに他国や他種族のスパイが暗躍しているって可能性もあるわね……少し考えただけでも、動機を持ちそうな者なんていくらでもいるわ」

「なるほど、いわれてみればそうかもしれないな……」


 なんともいえんが、マヌケ族をピンポイントで疑っているというわけではなさそう。


「……どうにもアレスは、こういった貴族の話に無頓着なところがあるわね」

「え? いや、まあ……早々に後継者レースから降りた身だからな」

「……果たしてアレスの周りは、本当にそう思っているのかしらね?」

「え!?」

「ソエラルタウト家のアレス派……まだ残っているんじゃないかしら? むしろ息を吹き返しつつある……かもしれないわね」

「ゲェ! マジで!?」

「マジよ……良くも悪くも、あなたの話題は豊富だもの……今回ソイルの面倒を見始めたのだって、あなたは深く考えていなかったのでしょうけれど、見る人によってはアレスの野心への一手と受け取ったと思うわ」

「えぇ……そんなん知らんわ」

「それに、あなたがソエラルタウト家を継がないのなら婿に欲しい……なんて思う貴族家もあるでしょうね」

「ウソだろ……」


 でも、相手がお姉さんなら……?

 い、いや……身を固めるとか、そういうのはまだちょっとな……


「少し脅かし過ぎたわね、その点については私を巡ってロイターと決闘騒ぎを起こしたぐらいだもの、しばらく心配しなくていいと思うわ」

「……そうなのか?」

「ええ、みんな私に遠慮するでしょうからね」

「……そうか」


 なんか知らんが、おそらく女子のあいだでは、それなりにファティマは恐ろしい存在のようだ。

 いつだったか俺は、ファティマの風よけを自称していたが、いつのまにか立場が逆転していたっぽいな……

 そんなことを考えたり話したりしているうちに、朝練が終わった。

 それにしても、マヌケ族か……警戒が必要かもしれんな。

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