第230話 約束しちゃったしさ……

『アレス君……ソイル君のこと、お願いするわね……』


 え?

 隠形の魔法で姿を隠し、ソイルとかいう少年に意識を向けていたところ……ふいに、エリナ先生の声が聞こえたような気がした。

 そのため周囲に視線を送り確認してみたが、どこにもエリナ先生の姿は見えない。

 う~ん、気のせいかな?

 もしかしてだけど、俺のお姉さんセンサーはついに……イマジナリーエリナ先生を創造するまでに至ったのか!?

 ハハッ……まさかね……

 とりあえず……念のため、ガチのマジでお試しって感じで、イマジナリーエリナ先生に返事をしてみようかな?


『エリナ先生! 自分が彼にどれだけ力になってあげられるかは分かりませんが、やれるだけのことはやってみたいと思います!!』


 ……返事はない。

 まぁ、そりゃそうだよね……

 というかたぶん、気のせいだったのだろうし……

 しかしながら、隙あらばエリナ先生の幻聴が聞こえてくる程度には、俺のエリナ先生への想いが強いということなのだろう。

 もしくは、昨日の主人公君や昼食時の小僧どもが繰り広げていたオモイビト―クに影響されたっていうのもありそうだ。

 ……おっと、うつむいていたソイル少年がなんか独り言をいい始めたぞ。


「……今日もまた、ヴィーン様にお許しをいただけなかった……本当に僕は、ヴィーン様に見限られてしまったんだな……どうして僕は、こうも駄目な人間なんだろう……どうして……僕なりに頑張ってきたはずなのに……でも、僕がいるせいでみんなにも迷惑がかかっていたみたいだし……こんな役立たずの僕じゃあ、見捨てられるのも当然か……ははっ……そうだよね……」


 そうか、あの追放劇のあともパーティーに戻れるよう頼み込んでいたんだな……

 なんというか、残念だったな……

 しかし、ソイル少年がいるせいでみんなにも迷惑がかかるっていうのは、どうなんだ?

 そいつらの実力のなさを人のせいにしているだけじゃないのか?


「……ヴィーン様に……ランジグカンザ家に縁を切られた僕のせいで、家にも迷惑がかかっちゃうだろうな……父上、母上……申し訳ありません……」


 ああ、寄親寄子関係にマイナスな影響を及ぼしたかもしれんのか。

 「使えねぇガキを寄こしやがって! まったく、役に立たねぇ家だな!!」って感じで寄子貴族内の序列が下がる……みたいな?

 というか、ヴィーンとやらが後継者となった場合、ソイル少年の家はサヨナラってことにもなり得るのか……

 う~ん、そう考えると貴族社会もなかなかにシビアだねぇ。


「……ヴィーン様に捨てられた僕なんか……なんの価値もないよね……もう、生きている価値もないよね……父上、母上、そしてみんな……本当に、不出来な人間で申し訳ありませんでした……死んでお詫び申し上げます」


 は!? おい! 思い詰め過ぎだろ!!

 そしてソイル少年は、懐から装飾の凝った美しい短剣を取り出す。

 その短剣をソイル少年はしばし見つめ……やがて自分の喉に向けて構えた。

 俺としては、ギリギリのところで踏み留まってくれることを期待したが、無理そうだ……仕方ない。

 そうして俺は隠形の魔法を解き、ソイル少年に声をかけることにした。


「そこのお前、何をしているんだ?」

「あ、あなたは……」

「ん? 俺はアレス・ソエラルタウトだが……知らんのか?」

「い、いえ、知っています……」

「まぁ、それはどうでもいい……改めて聞くが、何をしているんだ?」

「そ、それは……」

「その短剣が『私は主の命を奪うためにあるのではない』と泣いているのが聞こえんのか?」

「主……」


 すると、一筋の涙がソイル少年の瞳から流れ落ちた。


「……この短剣は……僕の主君であるヴィーン様からの頂き物です……だからこそ、最期はこの短剣でと……」

「それはヴィーンとやらへの当て付けか?」

「そ、そんなつもりはありません! ただ……最期はヴィーン様との思い出とともに……そう思っただけです……」

「ふぅん? そのヴィーンとやらは、お前を捨てた奴なのだろう? そんな奴になぜ、そこまで想いを寄せるのだ?」

「そんな奴ではありません! ヴィーン様は、僕にとって特別なお方です!!」

「へぇ、自分を捨てた相手にそこまでいうとは、なかなかの忠義者だな……といいたいところだが、くだらんな」

「なッ!?」

「自分のくれてやった短剣で自害されるなど、迷惑でしかなかろう……いや、そもそもヴィーンとやらがお前に短剣をくれてったこと自体覚えているかどうかも分からんしな」

「そんな! ヴィーン様はきっと覚えていらっしゃいます!! ああ、そうか……それが迷惑に……」

「おっと、それはどうでもいいことだった……俺がいいたいのは、お前の世界が狭過ぎるということだ」

「……世界が狭過ぎる?」

「ああ、そうだ……ヴィーンとやらに捨てられたからどうだというのだ? そいつの実家とのつながりがマズくなったからどうだというのだ?」

「ど、どうもこうも……大変なことになるじゃないですか!?」

「知らん! そんな簡単に切れるようなつながりなど、なんの役にも立たん! そんな役立たずの主君など、お前のほうから捨ててしまえ!!」

「そ、そんな……むちゃくちゃな……」

「なんだったら、お前のほうが功績を立てて、役立たずな元主君より上の立場になったらよかろう!」


 王国によるマヌケ族への対処次第なところもあるが、原作ゲームのシナリオを考えれば、意外と活躍するチャンスがあるかもしれんしな。

 そうじゃないとしても、この世界で成り上がるチャンスなどいくらでもある。


「僕なんかが……無理ですよ……」

「無理だと? そんなはずはない!」

「でも……」

「ええい! その軟弱な精神、この俺が直々に鍛え直してやる! 来い!!」

「わ、わわっ!」


 そうして、軟弱ソイルの首根っこをつかみ、魔法練習場へ引きずっていくのであった。

 まぁね、イマジナリーエリナ先生と約束しちゃったしさ……

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