第201話 失恋だったのかなぁ

 朝練中の全力疾走によって青春の汗を大量にかき、それをシャワーで流してからのポーション。

 トレルルス謹製のポーションは基本的に味もいいのだが、それがいつもより美味しく感じられた。

 というかこの四日間、味覚のほうも眠っていたようだな……やれやれだよ。

 そしてたぶん、腹内アレス君も俺に気を使って……

 いや、君も君なりにレミリネ師匠に対して好感を持っていたんだね……

 まぁ、レミリネ師匠との剣術稽古でしっかり体を動かしたあと食べるご飯は格別に美味しかったからなぁ。

 違いのわかる男になりつつある腹内アレス君は、その違いを認識していたみたいだね。

 さて、それじゃあ、腹内アレス君お待ちかねの朝食といこうか。

 そう思いながら食堂へ移動し、ご飯をいただく。


「……今日はなんか、魔力操作狂いの奴、機嫌がよさそうだな」

「うん、確かにだね」

「ここ数日のアイツ、なんかおっかなかったんだよなぁ~」

「そうそう、なんていうか『これぞ氷!!』って感じがしたよね……まぁ、氷使いの魔法士らしいといえば、らしいのかもしんないけどさ」

「……その数日のあいだにスケルトンダンジョンに行った者から聞いた話なのだが……奴が執着していたスケルトンナイトが出現しなくなったらしい……おそらくその影響だろう」

「それって……いわゆる失恋ってやつか?」

「……どうだろうな、そこまでは知らん」

「ねぇねぇ、ノータイムでモンスターとの恋愛に発想が結びついちゃうところからすると……君もモンスターに恋しちゃってる系!?」

「アホ、んなワケねぇだろ」

「いや、美しい容姿のモンスターに心奪われる者もいると聞くしな……そんなに恥ずかしがることでもなかろう」

「ほらぁ、隠すことないよぉ?」

「いってろ」


 あぁ、モブ蔵たちにも俺の様子がおかしいと思われてたのか……

 そして、彼らは俺を氷使いの魔法士と認識していたんだね。

 まぁ、つららとかをよく使ってるから、自然とそんな印象になるんだろうなぁ。

 フッ、クールな俺には氷がお似合いってことだね!

 ……それにしても、失恋かぁ。

 いや、レミリネ師匠のことは好きだし、もっとずっと一緒にいたかったっていうのも正直な気持ちだ。

 でも、その先はどうだったんだろう……

 俺っていつも、ここまでなんだよなぁ。

 なんというか「片思いの美学」とかいつもいってるけど、そこから先のことはどうしても考えられないんだよなぁ。

 でもやっぱ……この喪失感は失恋だったのかなぁ。

 そしてふいに、あのとき俺の頬に触れたレミリネ師匠の唇の感触が思い出された。

 うぅ……レミリネ師匠……

 ……駄目だ駄目だ! こんなんじゃ駄目だ!!

 どうした、パワフルアレス! 帰ってこいよ!!

 ……ふむ、どうやらまだ、俺は本調子ではないようだな。

 だが、ファティマたちにこれ以上心配をかけるわけにもいかんからな、元気を出していかねば!!

 よっしゃ! テンションアゲアゲでエリナ先生の授業を受けに行こう!!


「……今日のアイツ、寒暖差激しくね?」

「……うん、そうだね」


 こうして俺は、ここしばらくのうちで最高の気迫を込めて授業に臨んだ!

 そして、ギュンギュンに高められた集中力でエリナ先生の話を聞く!!

 そんな熱意のこもった視線をエリナ先生に送っていると目が合った。

 あ、ちょっと苦笑いしてる。

 でも、あの苦笑いもステキなんだよなぁ。

 なんてことを思う瞬間もありつつ、授業は真面目に受けた。

 そうして授業が終わったので、食堂に移動しようと廊下を歩いていると、エリナ先生に声をかけられた。


「アレス君、ちょっといいかしら」

「はい、なんでしょう?」

「時間があればでいいのだけれど……この前約束していた空の散歩、これからしてみない?」

「え! いいんですか!? 喜んで!!」

「ふふっ、それじゃあまず、お昼を食べてからにしましょうか」


 もともと約束していたこととはいえ、エリナ先生のほうから誘ってくれるのは嬉しいものだね。

 そして、そのままの流れでエリナ先生の研究室でお昼をご馳走になり、街の外へ。

 ちなみに、今日のお昼は冷製トマトパスタだった。

 まぁ、季節的にはもう春が過ぎて夏だからね、「冷やし中華始めました」というノリだと思ってくれればいいんじゃないかな。

 それから、エリナ先生の手料理なのだから当然のことではあるが、これまた絶品料理で、俺と腹内アレス君は最高に幸せな気分を味わったのだった。

 そんな美味なる記憶を脳内で反芻しつつ、今は空の景色を味わう。

 そして話題は、野営研修が終わってから今までのこと。

 もちろんその中で、収集物ランキングでうちのパーティーが1位だったことも褒めてもらった。

 意外なことに、学園長が一番俺たちのパーティーを評価していたらしい。

 正直、俺とロイターの決闘とかいろいろあったし、てっきり嫌われているかと思ったけど、そうでもなかったのかな。

 それと、やはりというべきか、ここ数日の俺はエリナ先生をも心配させていたようだ……

 まったく、情けないことである。


「……ダンジョンについては、いまだにわからないことだらけ。そして研究者によると、ダンジョンに出現するモンスターは単なる魔力の塊で、それにダンジョンが適当に形を与えただけという意見もあるし……そのほかにも、残留思念をダンジョンが読み取って形にしただとか……そうではなく、そのモンスターの元となる存在の魂がダンジョンに囚われていると主張している人もいるわね。こんなふうに研究者によって意見はバラバラだけれど……ただ一ついえることは、アレス君があのダンジョンにいたレミリネというスケルトンナイトをその呪縛から解放したということ、それは誇っていいことだと思うわ」

「……そう、なのでしょうか……?」

「ええ、アレス君と出会わなければずっと……もしかしたらダンジョンが消滅するまで永遠にその場にいて、誰かを待つことになっていたかもしれないのだから……」

「永遠に……」

「そう、永遠に……だからこそ、アレス君は彼女を救ったといえるの、それは自信を持っていいことよ」

「……はい……そう、ですね……」

「よく頑張ったわ」


 そういって、エリナ先生は俺のボードに飛び乗り、抱きしめてくれる。


「……エリナ先生、ありがとう……ございます」


 最近……というか俺って、エリナ先生に慰められてばっかりだな……

 本当はもっとカッコよく決めたいんだけどなぁ。

 ……でも、こんなふうにエリナ先生のぬくもりに心を満たしてもらう時間を手放し難く感じてしまうのも正直なところだ。

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