第194話 一歩に過ぎないんだけどさ

「せいやッ!」

「わわっ……ふぅ、あぶないあぶない……」


 惜しい。

 俺の一閃が、あとちょっとのところでパルフェナに回避されてしまった。


「時間ね……この模擬戦は引き分けよ。それじゃあ、お互いに、礼」


 そうして、互いに礼を交わす俺とパルフェナ。

 そして本日やっと、パルフェナと魔法なしの模擬戦で引き分けることに成功した。

 今まで全敗だった俺にとって、これはなかなかに大きな一歩といえるだろう。

 まぁ、一歩に過ぎないんだけどさ。

 でも、ここからだ! この引き分けを大きな弾みとして、勝利をつかみ取っていくのだ!!


「あぁ~ついにアレス君に追いつかれちゃったかぁ……私ももっと頑張んなきゃだなぁ」

「いや、俺は今のでいっぱいいっぱいだったが、パルフェナにはまだ余力があっただろう?」

「う~ん、どうかなぁ?」


 そういいながら、意味あり気な笑顔を見せてくる。

 これはやはり、まだまだイケるってことだろうね……侮りがたし、パルフェナ。


「さて、それじゃあ次は、いろいろな場面を想定した変則的な模擬戦に移りましょうか」


 個人戦が一巡したので、複数人でおこなう模擬戦に移行することとなった。

 今回は行商人の護衛という想定で、行商人役と護衛役がそれぞれ1人ずつで、残りの3人が盗賊役となって模擬戦をする。

 この設定はファティマさんによるものなのだが……なんというか、冒険者活動を見据えたものなのかなって感じがするね。

 それはともかく、今回俺は無力な行商人役をやることになり、護衛役がロイターとなった。


「おお、ロイター殿! あなたの評判は、しがない行商人である私の耳にもよく入ってきますゆえ、安心して護衛を頼めるというものです!! いやぁ、ありがたやありがたや」

「ああ……まぁ、気持ちから入るのは大事なことだとは思うが……少し役に入り過ぎではないか?」

「……役に入り過ぎ? ロイター殿、なんの冗談かはわかりかねますが……これから私の命をあなたにお預けするのですぞ? 変なことをいっていないで、しっかりと護衛に集中してくだされ!!」

「……う、うむ、承知した」

「さて、ごっこ遊びも一段落ついたわね? それじゃあ、そろそろ始めましょうか」

「あっ、はい」

「……はい」


 こうして、無力な行商人である俺をかばいながら、ロイターはファティマたち3人からの襲撃に耐えるのだった。

 正直、魔法を自由自在に使える時点で行商人相手の盗賊なんかやってないで、適当にモンスターでも狩って生活してろって叱りつけたくなっちゃう。

 それにしても、さすが継戦能力に定評のあるロイターだ、ファティマたちの容赦ない攻撃を実によく捌いている。

 しかしながら、ファティマたちも巧みな連携で攻めてくるからね、むしろ捌くだけでギリギリというべきかもしれない。

 ……この前の、ソレバ村の近くで会いに行けた盗賊たちの実力から考えると、3人の盗賊としての技量はオーバースペックも甚だしいといわざるをえない。

 だからさ、もうちょっと手加減してあげてよ……だんだんロイターがかわいそうになってきたじゃないか。

 そう思うと、無力な行商人だからといって何もしないままでいいのか、そんな気がしたのだ。

 だから……


「ロイター殿! わ、私も! た……戦います!!」

「えっ!?」

「えぇ……」


 そうして、バターナイフを構える俺!

 そう、あのバターナイフスケルトンからもらったやつだ。

 ちなみに、夢から覚めたあと確認してみたら普通にマジックバッグに入っていた。

 まぁ、あれは夢だったのだからね、取り返されるわけないかって感じではある。

 それはそれとして、俺の意外な行動にパルフェナとサンズの足が一瞬止まった。


「む!」


 その隙を見逃さずロイターはサンズとパルフェナの木製ナイフを弾き飛ばす。

 おぉ、ナイスだね!

 しかし、ファティマはそのまた隙をついて高速で俺に接近し、木製ナイフを俺の首筋にあてて一言。


「ここまでね?」

「ひっ! ひぃぃっ!!」

「しまったッ!!」


 残念ながら、これにてロイターは護衛失敗となったわけだ、惜しかったねぇ。

 まぁ、さすがに慣れない護衛をしながらの3対1だったから仕方ないといえるかもしれないが……これが現実じゃなく訓練でよかったって感じではある。

 とはいえ、難易度を上げるため、あえて護衛対象に壁系統の魔法をかけるのを禁止していたからっていうのもある。

 あれがあれば、余裕で守れちゃうだろうからさ。

 とまぁ、こんな感じで複数人での模擬戦なんかもやっていたのだ。


「それじゃあ、今日の模擬戦はここまでにしましょうか」


 ファティマの号令の下、今日の模擬戦の時間を終え、談話室に移り反省会。

 それにプラスして、野営研修の収集物ランキング1位のお祝いもする。

 まぁ、ほぼいつもどおりといわれるかもしれないが、これを見越してダンジョン前の屋台通りでいろいろ買ってきたのだ。

 そしてみんなも、それぞれお菓子など何かしら用意していた。

 この、目の前に広がる食べ物たちに腹内アレス君のテンションが上がったのはいうまでもなかろう。

 そうして喜びを分かち合う俺たちパーティーメンバー。

 なんというか、青春という感じがするね。


「それにしても、魔力を込めて薬草にするかぁ……知ってはいたけど、野営研修のときにそれをやろうとは思いつかなかったなぁ。ファティマちゃんもいってくれればよかったのに」

「もし話していたら……夢中になって、寝るのを忘れていたのではないかしら?」

「うぅ、そうかもぉ」


 まぁね、あれって地味に時間を忘れるからね。

 パルフェナの場合、夜更かしすると朝が大変だろうし……


「そういえば今日の模擬戦だけど、アレス君の剣術、だいぶ磨きがかかってきたよね! 特に最後の一撃にはヒヤッとさせられちゃった」

「そうか……そういってもらえると、日々の努力が報われるというものだな」


 パルフェナのお褒めの言葉を素直に受け取っておいた。


「しかしながら、先ほどのバターナイフには意表を突かれてしまいましたよ」

「うんうん、私も『えっ!?』ってなっちゃって、足が止まっちゃったもん!」

「アレスのことだもの、あれぐらいの突拍子もないことはしてくるだろうと思っていたわ」


 サンズとパルフェナに対しては、してやったりといったところか……

 だが、残念なことにファティマさんには読まれていたようだ。

 く、悔しぃッ!!

 こうして、反省会とお祝いの時間が過ぎていったのだった。

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